下準備
そうして迎えた休日、いつもと同じ時間に食堂に行ったのに、いつもより人数が多いのかざわついている。
まあ、それなりに人がいるならこちらにも都合がいい。自分の食事をトレーに乗せた後に、厨房に声をかければ何人かが振り向いてこちらの様子を見ていた。
それを横目で確認してから、さっきよりも気持ち大きな声でお願いを告げる。
「すいません、友人が体調崩しちゃって。病人でも食べやすいものってありますか?」
「ちょっと時間かかるから、食べ終わったら声かけてくれ。用意しておくよ」
「ありがとうございます」
病人だと言った相手がユリエスだとまでは分からないだろうけど、厨房に声をかけていた一年生がいるっているのは印象に残るはずだ。
これでまあ、一日姿を見せない事にも納得できるだけの理由は作った。あとは俺の方、殿下が食堂に来てくれないかとも思ったけど、そんな都合のいいことにはならず。
どうするかなぁなんて思いながら朝食のトーストを頬張っていたら、前の席にトレーが置かれる。
「おはよ、ディオ。今日はいい天気だな」
「そうだな、残念だよ。今日は殿下の手伝いで一日中、談話室だ」
「さっき言ってた具合悪いのってユリエスだろ? 談話室行っていいのか?」
「ああ、本人から行ってこいって言われたからな」
にこやかに、いつもと変わらない様子で話しかけてきたウィードと世間話のように今日の俺たちの動向を話す。
今回の“かくれんぼ”については一つだけ、条件を出した。
俺たちが元々、魔法省の人間であること。これだけは絶対に公にしてはいけないと伝えてある。
俺たちの方から告げといて何言ってんだと思われたかもしれないが、それはそれ。
当初の任務だけなら、気づかれたらそこでお終いにしても良かったんだけど、今は他にも気になってることがあるから、俺たちの事を知られるわけにはいかなくなった。
そんなわけで人数追加の要請にはこの事はもちろん書いたし、師匠にも伝わっているはずだ。
じゃなきゃ、人が増やされるはずがない。魔法省には学園の卒業者がたくさんいるから、いまさら下見をする必要なんてないからな。
「それじゃ、ユリエスにお大事にって伝えておいて」
「分かった。……あんまはしゃぐなよ」
「こんないい天気なら遊ばないともったいないだろ」
最後の準備とやらで急いで食べきったウィードと分かれ、トレーを返しながら厨房に声をかける。
「すいません、さっき病人用で頼んだんですけど」
「ああ、聞いてるよ。ってなんだ君か。って具合悪いの銀髪君?」
ひょっこりと顔を出したのは、よくセリとも一緒にいるし、なんだかんだで試作をくれたりするテッドだった。銀髪君って、まあ学園にもあまりいないから区別はつくんだろうけど。俺は割と多い明るめの茶髪だから、顔を覚えてくれたんだろう。
「起きれなくはないけど、人の多いところは避けたいって」
「まあ、基本的に病気に対しては軽いうちなら自分で治せ、だからね。この学園。
ひどいようなら誰かに声かけとこうか?」
「夕方の様子見て考えます。それで、食器なんだけど」
治癒魔法があるのに、軽いけがや病気にはそれを使わない。体の治癒力の成長を妨げてしまうから、なんだとか。治癒魔法だって万能じゃないからな、対象者の体力がなければいくら魔法をかけても意味がないときだってある。
その辺を理解しているからテッドも、ひどいようなら、と言ってくれているんだと思う。けれど今回のユリエスの具合悪い発言は、いない事を誤魔化すためのものだから、誰かに来られてしまうと逆に困る。
とりあえず、様子を見るように伝えてから、渡されたバスケットを見る。
今回は病人用って頼んだこともあって、簡単に食べれるようにはなっているけど持ち運べるような物じゃなくて、ちゃんとに食器に入っている。軽い食器だと間違ってひっくり返してしまう場合があるから、わざとしっかり重みのある物を選んでくれたらしい。
パンをミルクで柔らかく煮たのと、果物が入ったゼリー。鶏肉と野菜を蒸したものに、保温できる容器にはスープが入っているそうだ。
「俺、今日は殿下の手伝いで談話室なんですよ」
「昨日急に昼食一人分追加って言われたのそれかー。
そしたら、夕方に様子見に行くんだろ? 食器はその時でいいよ」
水分取るように、なんてレモン絞った水まで渡されて、食堂を後にした。なんか、ここまでされると逆に申し訳なくなるな。ま、後はユリエスが上手くやるだろ。
「わ、なんか手間をかけさせちゃったね」
「テッドから、お大事に、だってさ」
そのままユリエスの部屋に向かい、バスケットを渡す。中を確認したユリエスから漏れたのは、申し訳なさそうな声。
ウィードのお大事に、は本人もユリエスの具合が悪くない事を知っていて言ったから伝えないけど、テッドは純粋に心配していたから伝えておかないとな。
「そうだね、おかげで夕方には良くなりそうだ」
一日、部屋にこもる予定のユリエスは当然朝から何も食べていない。バッグの中には何かしら持っているんだろうけどそれは本当の意味で非常食だから、手は付けていないだろう。
「食べたら校門な。俺は一度談話室に向かうから」
「分かった、それじゃあまた後で」
俺も部屋に戻って、ローブを準備する。まさか学園でこれを着る羽目になるなんて思ってなかったけど、やるなら徹底的に。というか、学園の一年生に見破られたなんて、師匠に知られたら指差して笑われるのはもちろん、今後ずっとからかわれるネタを自分から提供することになる。
「からかわれるだけならまだしも、しごかれるのは勘弁だな……」
見破られたら問答無用で強制訓練コースは確定なんだろうけど、俺もユリエスも。
それから、一応談話室の方向に行く姿を見せておかないと、と思い出してローブはバッグにしまって部屋を出た。
すれ違う顔見知りに、殿下に呼ばれて手伝うことを何でもないように告げ、ここを曲がれば談話室、というところで待ち構えていたのか、壁に寄りかかるセリの姿が見えた。
「かくれんぼ、するんですって?」
「ま、隠れるつもりはないけどな」
「そうだろうと思ったわ。それが出来るだけの実力もあるでしょうし」
ため息をつきながらもその言葉を否定しないのは、俺たちの力の一端を自身の目で見ているからか。それだけならわざわざこんな、通る人の限られる場所で待っているわけないよなと、無言で続きを促してみると、辺りを確認してから音量を落として告げられる。
「分かってると思うけど、あの人も見ているわ。
そうそう、普段一緒にいることが多い人って、ちょっとでも違う動作をすると目に留まるらしいわよ?」
「へえ、それは参考にさせてもらうとするか」
短い言葉の後、からかい混じりに言われたのは、かくれんぼに対してはいささか的外れなアドバイス。分かっちゃいるが、鬼はウィードだけじゃない。ま、上手くやれるといいんだけど。
「お昼、期待しててね」
これから厨房に向かうのだろう、一つに束ねた髪を揺らしながらセリを見送ってから、俺も人に見つからないように校門に向かう。
応援二人とは門で落ち合う予定だけど、俺たちが学園の中から現れるわけにはいかないので、人の多い場所に近づく前に隠形して姿を隠す。
門の前で隠形解けば、転移してきたように見せかけることは出来る。学園内は転移使えないし。寮の部屋、ちょっとでも移動を楽したくて試したら弾かれたからな。
まあ、転移が出来ないって事は学園に入るにはこの校門をくぐる他にないって事なんだけど。
「さて、誰が応援に来たのやら」
お読みいただきありがとうございます。
かくれんぼ、スタートです。




