休暇明けの変化
テッドに挨拶されたり、こっそりとはしていたがもはや俺たちに姿を隠す気のないセリが厨房から手を振っているのに振り返したり。長期休暇最終日は、いつもより食堂がにぎやかだ。
今日は明日から始まる授業でまた頑張れるように、とセリが張り切って作ったらしい。トーラスでご馳走になった朝食で見たものがほとんどだったが、どうやら学園の食堂では初めて出るものが多かったようで、セリと楽しく話しているように見える料理人の手元は忙しなく動いていた。レシピ、書き留めてるんだろうな。
皆楽しそうに食事をしていたが、明日からの授業に備えると事でだいたいが食事を済ませると早々と自室に戻っていく。
その中でも殿下はやけに嬉しそうに食事してたけど、リアンは相変わらずの無愛想だった。オムレツを食べていた時だけはちょっと表情が緩んでいたけど。チーズ、好きなんだろうか。
「あんな嬉しそうに食べてる殿下は珍しいな」
「何でも部下に美味しいもの食べてきたって自慢されたらしいよ」
「ああ、だからか」
望めばレシピの提供くらい訳もないだろうに、それをしないのは自分も部下に料理の話をしたいからなのか。
その後、リンクスも合流して休みの話なんかで盛り上がったが、今日ばかりは誰かの部屋で延長戦、なんてこともなくその場で解散の流れになった。
「落ち着いてご飯食べるの久しぶりだー」
「リンクス、そんなに忙しかったのか? 次なんかあれば手伝うからな」
「ありがと、ウィード。今度帰ったら弟が増えてそうなんだよね」
「お兄ちゃんは大変だね。僕らでも出来ることあれば」
それでも、食事が終わってからもしばらく残っていたのは、帰ってくるはずの人物を確認したいから。結局姿を見ることもなく、食堂を後にした。
そうして次の朝。週始めの授業は説明になることも多いから、今日もきっとそうなんだろうなと思いながら教室へ入る。
ざわついた空気は感じるものの、何故だかいつものような話し声がほとんど聞こえず、何かあったのかと思って教室の中を見渡すと、昨日見なかった顔があった。
「ダニー、間に合ったんだな」
「ああ、乗合馬車の馬が調子悪かったようでな」
おかげで王都に着いた頃には真っ暗だった、なんて笑っているから馬車に乗っていたダニーと一緒に帰ってきたヴィオレッタ嬢には何もなかったんだろう。教室に入ってすぐ、ちらと姿を確認したけど変な魔力の揺らぎもない。学園から離れたことで落ち着いたのかもしれないな。
「ディオ、そこじゃない……」
小声で伝えてきたリンクスの示す方を見る。いや、分かっていたけど。この時間、ここにいるっていうのはそういうことなんだろうって勝手に納得しただけだ。試験の時にちらっと話は出ていたからな。
「見たことはあるだろ? 護身術とかで何度か組んでるし」
「見たことは、な。だからどうしてここにいるんだって事なんだよ」
ウィードの疑問、それこそがこの教室の空気を何とも言えないものにしているものだっていうのは分かるんだけど、俺だってこうだろうって推測に過ぎないから口に出すことはしない。本当にあるかどうかも分からなかったし。
だけど、もうそろそろ時間になるから説明があるだろう。
そう思っていると教室の扉が開いた。現れたのは、案の定ルイス先生。自分の授業時間を説明に使っている事もあるのに、計画通りに授業は進んでいるらしいとスカーレットから聞いた。
上手いのは授業の進め方か時間の使い方か。おそらくこういう時間があることも踏まえたうえで計画を立てているんだろうけど。
書類の書き損じをするくせに、時間の配分すらうまく出来なくてため込んでいたどっかの誰かに分けてくれないかな。
そんな事を考えていたら、ウィードの疑問の答えはルイス先生から語られた。
「休み前、試験の結果の事を話したのを覚えているかな? 成績次第では科の変更もある、そう言っていたはずだ。
陽科の一位は月科へ、月科の二十位が陽科へと変更になった」
ルイス先生の説明で、一瞬ざわめきが広がり、そして視線は朝から教室をざわつかせてた人物へと集まる。ハッキリと順位を示されることで思うところもあるのかもしれない。
「今回は二名だけだが、今後の状況を見て変更する人数は変わる。各自、休み明けだからと気を抜かずに励むこと。
薬草学や護身術で顔は知っているかと思うが、アイザック。改めて自己紹介を」
「朝からお騒がせして申し訳ありません。アイザック・フォーリーと申します。
どうぞ、アイザックとお呼びください」
ルイス先生に指名されて、その場で立ち上がり簡単な紹介をして一礼すると席に着く。
立ち上がった拍子に揺れた髪は森のような深い緑。家名もあるならおそらく貴族なんだろう、慣習で伸ばした髪は背中の半分くらいの長さだが、一つにまとめて結ってあるので色と相まって蔦のようにも見える。笑みの形に細められた瞳は髪と同じ緑色。
陽科にはもともと貴族が少ないうえに、その貴族もどちらかと言えば庶民に近い。話し方といい雰囲気といい今まで陽科ではあまり接したことのない感じだったのに、授業が終わるころにはすんなりと馴染んでいた。
「女ってすごいな」
「だな。俺もあれくらい出来ないとまずいんだろうか」
「……そこはユリエスに聞こうな、ダニー」
というのも、自己紹介をしたにも関わらず、なんだかよそよそしい、というよりどうしたらいいのか分からない空気を察したルイス先生が授業もそこそこに切り上げ、教室を出て行ったからだ。次の授業に遅れないことを条件として、後はご自由に、何て言い残して。
それからといえば、まあ、女子たちの動きが早かった。あっという間に取り囲んだと思えば質問の嵐。さすがというかそれにさらっと答えているあたりは貴族なんだよな。あまり焦ったような様子を見せないし、一人一人の質問に答えていく様には慣れを感じさせる。
物腰が柔らかくて庶民にも丁寧。取り囲んだ女子たちからの株は急上昇だ。
ダニーはなんだか間違った方向で学ぼうとしているからウィードが止めているし、リンクスは面白そうに女子たちに混ざりに行った。
ちょっと面白くなさそうな顔をしていた男子はいたけど、授業終了の鐘が鳴り、名残惜しそうに女子が離れていってから軽く頭を押さえてため息をついた姿を見たら、一転して労わりの視線へと変わった。
「アイザック、思ってたよりも気さくだったよ」
「そうじゃなきゃあんな質問攻め、付き合えないだろ」
「だよなぁ。いやあ、ついていこうなんて思わないけど」
夕食後、同じ科だったユリエスに話を聞こうと集まったのは俺の部屋。初めにルイス先生が時間を取ってくれたおかげで、その後の授業は休み前と変わらなくなっていたとはいえ、知りたいことが無くなったのかと言えばそうでもなく。
本人に聞けないなら、知ってそうな奴に聞けばいいとばかりに集まったんだけど、ユリエスと約束はしていないんだよな。まあ、多分来るからって事でここにいるんだろう。
「あ、やっぱりここにいた」
「やっぱりって事は、聞きたいことも分かってるだろ?」
「アイザックでしょ? 僕もあんまり話した仲じゃないんだけど」
ユリエスの事を一方的に目の敵にしている奴がいて、アイザックはだいたいそいつと一緒にいたから、直接話したことはほとんどないそうだ。
苦笑しながら告げてはいるが、だからといって本人には何ら問題があるとは思っていないそうで、良くも悪くも普通、だという評価だった。
「ユリエスの事を目の敵、ねぇ……」
「ボク、貴族のあれこれは分からないけど、何というかさぁ」
「よほど出来た人物なんだろう、そのエクレールというのは」
それよりも三人が反応したのは、ユリエスの事を勝手にライバル扱いしているという奴について。
話を聞く限りだと向こうが一方的にユリエスに対して恨みがましく思っているだけみたいだけど。
「俺たちがユリエスと親しいのは科の連中皆知ってるからな。変なことだけには巻き込まれないようにしろよ」
「それで迷惑かけるなんて一番やりたくないからな」
「もちろんだ」
きょとんとしているのは、リンクスだけか。
考えすぎだとは思わなくもないけど、そうやって一方的に感情を募らせてる奴はどこでどうなるか分からないからな。授業ではなるべく接触しないようにしてるし、移動なんかもだいたい俺が一緒だからすれ違いざまに何か、って事も今のところはない。
「それより、僕にも色々教えてくれないか」
「ああ、あいつはな――……」
ユリエスが話を逸らしてくれたおかげで、意識はそちらへと取られたようだ。
貴族という体面を重んじるなら、子爵が侯爵になにかしようなんて思わないはずなんだけど。
アイザックを使って情報手に入れたり、出来ることはあるからしばらくは警戒、だな。
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