01.目覚め
トークが父について遺跡に行くのは、何時の頃からか当たり前になっていた。引っ越しの多い彼女には友人や顔見知りといったものもできず地域に馴染む前に引き払うのが常だ。出向いた先で馴染みの遺跡調査員と顔を突き合わすのみ。そんな環境で興味が向く物といったら限られている。
天幕にある白い台に乗せられた遺物を見る。黒い石の嵌まった鍵状の物質だった。
「トーク、それの扱いは慎重にな。」
父はトークに注意しながらも、もじゃもじゃの顔で資料を睨むように読んでいる。トークは髭を切ればいいのに何時も思う。髭から目を離し、トークは石に埋もれた鍵を手に取り不要物の除去作業に入る。
「似ている……いやしかし模造品であると考えるのが自然だ。前にもいくつか似た物を見つけた事はある。」
父がぶつぶつと一人言を話す。
短くない間、発掘作業に付き合ったトークにもそれとなく父が言っている事が分かっていた。
「ある種の戦機が持つ鍵……だが現在、見つかっているのも二本だけだ。」
深い眠りから目覚め、今や戦場で縦横無尽に駆ける戦機。その中でもとびっきり古い機体には対の鍵があるのだという。鍵のあるタイプは鍵無しでは動かない欠陥品とされていた。そうした機体はバラされてトークの父みたいな人達に研究されている。
「古代の記録と一致している。盗掘され、ここには何も残っていないと聞いていたが……。」
父がペラペラと資料を捲る。
「フエズ!大変な事になった。」
天幕に父の同僚が飛び込んでくる。興奮して落ち着きがない。どこか不安そうにも見えた。
「まさか。」
「そのまさかだ。」
父の顔が一瞬青くなり次いで興奮したように目を開き天幕から同僚と飛び出す。
トークは鍵から不要物を取り除く作業を続ける。鍵に刻まれた細かい紋様に目を奪われていた。溝のように彫られた紋様は黒い石に繋がり、黒い石の表面には渦巻き状の模様が象ってある。装飾品のようなこの鍵は実用には適さないだろう。戦機にあやかって作られた戦機の鍵の模造品、御守りのようなものだと父が言っていた。
夜遅く、天幕のランプを灯しても父は外に出たままだった。慎重に作業をしたせいか、鍵の取り出しもあまり進んでいない。この分だと父は徹夜になるだろうからランプの火を消してトークは毛布にくるまる。よくある事だった。
「トーク、よく聞きなさい。」
朝になると父が厳しい顔で待っていた。
「これからは勝手に外に出たり、ここにいる者以外、知らない人とは話さないで欲しい。勿論ずっと、という訳ではないよ。少しばかりの我慢だ。その間トークにも仕事をしてもらうからね。」
父が手招き、トークの背を押して遺跡に向かう。父から渡された発掘品をきれいにしたり、物資の整理を彼女が手伝う事はあっても滅多に遺跡に近付く許可は出なかった。
「今回、発掘したものは時期が来るまで人に言ってはならないものだ。だが、この名誉に与れるのは誇らしい事だ。トークも嫌いじゃないだろ。」
父が笑う。トークは父の言葉に頷いた。
遺跡の門を潜る。中は埃っぽく、広い通路に設置された松明の光は心細く感じる。暫く歩くと幾つかの像が並ぶ道に出て、大鴉の像が睨む地下への道を降りていく。
枝分かれする道を迷う事なく父は進み、ざわざわと人の声が近付いてくる。
「フエズ、トークを連れてきたのか?」
開けた場所に出て、昨日の同僚ディロンが歩み寄ってきた。
「ああ、人手も足りないし下手に隠しても仕方ない。これを機会にトークにも加わってもらう。」
「思い切ったな。」
「天幕で窮屈な思いをさせるよりマシだろう。それにこれは私似だしな。」
「全然似てないが?」
ディロンが父と娘の顔を見比べる。
「この野郎、言ったな。」
父とディロンは笑い声を交えて話し、奥に進む。
「トーク、驚いて腰を抜かすなよ。」
前を歩く大人二人が止まり、ディロンがトークにウィンクをして前に押し出す。
壁画が崩れ土肌が露出していた。露出した箇所は五、六メートル程で壁画が壊れている事を残念に思う事数秒。
「わぁ……。」
トークが驚きの声をあげた。
黒い鋼の機械が頭部と両腕の一部を壁から生やしていた。
「極秘事項だ。これから軍部の奴等もくるが、口を聞く必要はない。俺達は発掘して調査と記録を今まで通り行うだけだ。」
トークの遺跡と天幕を往復する日々が始まった。
あれから数日、トークは発掘員達に水を運んだり、ただの土と崩れた壁画の破片の選別をしたりと土にまみれていた。
流石に戦機の発掘作業を手伝う事はされていない。元々壁画の修復、研究が目的で戦機が出てきた事自体が寝耳に水だったのだ。そっちの方に父達は疎く、必要以上に警戒していた。
軍服を着た人達もあっという間にやって来て遺跡の周りを封鎖するし、父の顔馴染み達は一人にならないように気を張っていた。トークは特にディロンといった大人達の目から離れないように注意され、無用に頭を撫でられたりからかわれたり御飯を気持ち悪くなるくらい食べさせられた。
「いやー、よく食べるなトーク。ほらこれも食え。」
昼時、ディロンがほくほくの芋をトークに差し出す。
(もう……入らない。)
そう思っている内に言われるままトークは芋を手に取ってしまった。勿論自分の分を食べ終わった直後である。
「ん?足りないか?」
何を勘違いしたのか、芋を見つめるトークにそう問いかける。
「フエズの食は細いのにな。よし、俺のも食え。」
白い歯を輝かせ、これまた父の同僚のゴーエンが芋を差し出す。
「よく食う子供は育つからな!横にじゃないぞ、縦にだぞ!ガッハッハ。」
「デリカシーないぜゴーエン。」
男二人が笑う。トークは無表情で芋を食べた。
壁画や土に埋もれるようにして見つかる遺品。それらは遺跡の中で修復、研磨されるようになった。外の天幕には寝に帰る時にしか戻っていない。父が軍人との接触を嫌っているからである。
そんな中で黒い鍵をトークは持ち歩くようになっていた。
「おや、トーク。それが気に入ったのかい?」
丁寧に磨かれた発掘品は、古代の物に見えないまでの輝きを取り戻していた。それを見て父が驚く。状態がいいとは思っていたが、とても数百年の時を過ごしてきたようには見えない。娘の腕もあるだろうがこれも失われたテクノロジーの賜物なのだろう。
「ふむ。国に接収される前に一緒にレプリカでも作ろうか。」
娘を誇らしく思うと同時に、わがままを言わない娘の為にそう言った。レプリカの作成は本来の仕事と関係ないが、これぐらいの褒美は必要だ。トークが勢いよく頷く。
「それまで持っていなさい」
フエズは娘を連れ立って歩く。向かう先は黒い戦機の眠る場所だ。壁画に書かれた絵のような文字を指してフエズが話す。
「文献や壁画の文字に記されているのは何れも神を指している。その事からこの遺跡を作った人々もまた、あの黒い戦機を何処からか見つけ出して来た事が分かる。彼らはあの戦機を黒い神と呼んでいたようだ。音もなく裁きの剣を降ろす、敵を滅ぼす神と。麓の村にもそれに似た話が残っていた。」
壁画が途切れ、黒い戦機が姿を現す。ほとんど邪魔な土が掘り返され全身を外気にさらしていた。実の所、戦機の発掘に繊細さは必要ない。スコップで全力で殴りつけた所で傷一つつかないからだ。
それでも父達が慎重なのには理由がある。ロストテクノロジーの塊である戦機の暴走は少ない例ながら有名であるし、戦機を狙う外部の勢力や身内であっても外の軍人から分かる国の圧力といった厄介事が沸いて出る。
「読めるかい、トーク。」
黒い戦機に父が近付き、胸の鎧に刻まれた古代の文字を示す。この遺跡で使われている文字よりも更に古い時代のものだ。この文字の意味が分かる者は父のような一握りの人間だけだろう。
「アエオ……ニウム。」
トークは文字を読む。父はよくトークは私似だと周囲にいってはばからなかった。
「よく出来ました。《黒法師》これがこの戦機の名前だ。」
トークは父に示された壁画の文字を、それより更に古い黒い戦機に刻まれた文字さえ読むことができた。彼女は父の気質を実によく受け継いでいたのだ。探究心とそれに付随する勤勉さを備え、手本となる人がすぐ傍に居る。このままいけばフエズ二世と呼ばれる日も遠くない。
「二度とない機会だ。トークも調べなさい。なぁに、上の連中はがっかりするだろうが、どうやらこれは鍵がいるタイプみたいだし岩をぶつけようが、ダイナマイトでぶっ飛ばそうがびくともせんよ……多分。奴等が何か言ってくるまで好きにしなさい。」
父は実に悪い笑みを浮かべていた。軍人を寄せ付けなかったのは時間を稼ぐ為であったようだ。
推定全長五メートル程の鋼の機体は膝を折った姿勢で頭を垂れていた。遺跡調査員五名と助手一名の全員が黒法師の周りに集まっていた。
「壁画にあった黒き神の負った欠損らしきものが見当たりませんな。」
調査員の古株のロットが黒法師をジロジロと調べて疑問点を述べる。壁画には黒き神についての話しが記してあったのだ。そこにははっきりと黒き神が強大な敵に勝つも傷を負い長い眠りについたといった内容が書かれていた。
「そんな、自己修復機能でもあるってのか?」
調査員の若輩者、パロは未だに目の前にあるものが信じきれてないようだった。
「自己修復か……我々が及びもつかない機能を戦機は持っている。その可能性もなくない。」
戦機の情報を取り寄せていたラーンがそれに肯定を返す。
「おいおい……。」
パロは戦機から距離を取る。好奇心より気味の悪さが勝っていた。
「いーや、その可能性は低そうだ。見ろよこれ、無理矢理繋ぎ合わせた後がある。」
ディロンが戦機の右足の膝裏を指す。銀色の泥のような物が関節の隙間に詰められていた。
「あーやっぱりそれは接着剤か。取り除こうかと思ったがそのままにするのが正解だな。」
ゴーエンがうんうんと腕を組んで頷く。どうやらこの戦機は形だけ整えたスクラップであるようだ。関節部分に詰め物がしてある以上、まともに動く機能は失われている事が想像にかたくなかった。
「……これ動くのか?」
フエズがポツリと言う。その一言に調査員一同の顔が好奇心に染まった。トークも顔には出さないが心はそわそわしていた。
「ええい、男は度胸。ラーン動かし方分かるか?」
ディロンが戦機をベシベシと叩く。
「ちょっと待ってくれ。ええと。」
ガサガサと資料をラーンがあさる。
「制御室をまずこじ開ける。」
ラーンが戸惑いながら資料を読んだ。
「は?」
ディロンは聞いた事が信じられなかった。
「幾つかの弱い配線を切り、繋ぎ直すと運が良ければ起動し以降は休止させないまま状態を保持……と書いてある」
調査員達は無言になった。
「待て、まだいくつか方法がある。」
慌ててラーンが続きを読む。
「制御室が外にあるタイプ……燃料式……暗号式……。」
読み上げる内容に調査員達はがっかりとした。タイプが違ったり、前例というやつがとても容認できない方法ばかりだった。
「しょうがない。我々にはちと専門外だ。調べた後、上の連中に渡そう。」
フエズは戦機に哀れみを込めた視線を送る。平和な時代であれば丁重に扱われるはずの特級の遺失物であった。兵器だ戦争だと息巻く人々に恥じらいもなく体を開かれる事は想像に難くない。
「父さん、見てもいい?」
現助手という立場にしている娘が珍しく自分から話してきた。その手に資料を持ち、母親に似た紫水晶の瞳を好奇心にきらきらさせていた。
「好きにしなさい。」
トークが調査員と混じって戦機を調べる。フエズもがっかりした気分を切り替え機体に向き直る。壁画の話しとの照らし合わせや未解明の部分を解き明かす古代の叡智がそこにあるのだ。調べなきゃ損であった。
戦機の関節には丸い玉が埋められており、それが機体の柔軟な動きを可能にしている。ラーンの取り寄せた資料を片手にトークは検証していく。
黒法師の各関節にも丸い球状が見られ、その表面はお守りについた黒い石同様、渦巻き状の模様があった。
「そういえば黒き神の剣ってのは何処だ?」
ディロンがラーンと話している。
「ここじゃない何処かに埋められているのか、もう盗まれてしまったのか……これ自体残っていたのは奇跡ですからな。」
トークは戦機の両腕を見る。腕には盾のようなものを真ん中で二つに割った形の中途半端なものがついていた。拳で戦う機体なのだろうか?剣を持つには不得手な形状に見える。
トークは腕を観察する。頭の中でパズルのように繋がるものがあった。腕と盾の隙間に渦巻き玉があった。盾のようなものの両端に何かを引っ掛ける部分があるのも見てとれる。両腕のこれは着脱可能なのだろう。二つを合わせると小さいながら盾のようになるのが分かる。盾を持つ機体なのだろうか。
壁画に記されている事をもっと調べてみる必要がありそうだった。今までは天幕での資料を調べる事しか許されていなかったが、その枷はもう外されたのだ。
好奇心に任せトークは黒法師に触れていく。通常の発掘物と違い、ロストテクノロジーで出来た品は難解である代わり丈夫であるのが常だ。トークや他の調査員達にも手付きに遠慮がない。
制御室は胸部にあり、そこで操縦者は全ての制御を行う。トークは資料の文章を頭の中で反芻しながら黒法師の脚をよじ登る。制御室の入り口は見た目では分からず、こじ開けるのにも破損させなければ不可能である。現在起動を確認している戦機の殆どが性能の四割を起動実験で失い、完全な形で動いているのを認めら公表されているのは只一体のみである。
黒法師の胸部に鍵穴があった。鍵式の場合は、鍵さえあれば制御室を開くことができる。ちらりとお守りを取り出す。無駄であっても嵌めてみたくてトークはうずうずした。この黒い鍵の模造品の元になったのは間違いなく黒法師のオリジナルのキーである。
遺跡の外にあった古代人のスクラップ置き場の土壌から父が発掘した品だ。美品であり、間違いなく博物館に飾られる物だろう。
この時トークは失念していた。この遺跡を作った人々と黒法師を作った人々が違う文明であった事を。フエズも戦機ばかりに気が回りロストテクノロジーで作られたお守りが模造品である訳がない事に注意が向かなかった。鍵は間違いなく黒法師の錆の無い鋼と同じ材質で作られ、それに気付くのは容易であったというのに。
古代の叡智とまみえる奇跡を前にしてパロと同じ気持ちであったのだ。盗掘された遺跡で、戦機とその鍵が違う場所、同じタイミングで見つかる。そんな偶然があるわけないと。
[解錠ヲカクニンシマシタ]
ラーンと話していたディロンが首を回す。
「何か言ったか?」
調査員達は戦機に夢中で、誰も口を開いている様子はない。トークなんて身軽なのをいいことに黒法師によじ登っていた。
「どうした?」
資料とにらめっこをしているラーンがディロンを怪訝そうに見た。
「いや、空耳だ。」
「疲れが溜まってるんじゃないのか?」
「ははっ、誰がだよ。」
今日はゆっくり眠ろう。ディロンは言葉とは裏腹にそう思ったのだった。
トークは突如聞こえた声に固まっていた。それも何処の言語か分からない発音だった。ゆっくりとした動作で周りを見ても誰も反応していない。鍵をこれまたゆっくりと黒法師から抜く。もしかしたら模造品を突っ込まれて怒ったのかもしれない。暴走されたらとても敵わないのだ。するすると黒法師の膝から降りた。
盾について書かれていないか壁画の方を調べるのだ。決して怖くなって逃げた訳ではない。
鍵の黒い石がグイングインと激しく回り出しているが、戦機の磁気にでもあてられたのだろう。そういうことにした。
[マスターノ認証ハ破棄サレテイマス]
[システム初期化中]
[マスターキーノ認証要請ヲ受理]
[セイメイハンノウヲ受理]
[マーズリンクヘ接続]
[マスターキーノ位置ヲ確認シマシタ]
[文明ノデータヲロードシテイマス]
[マスターキーノ申請ヲ受理]
[声紋ノ登録ヲシテクダサイ]
[マスターノ名前ヲ登録ヲシテクダサイ]
[応答ノ有無ヲ確認]
[ケンゲン保持生体反応ノ確認ヲシマス]
[脳波ノミダレヲ確認シマシタ]
[生体反応良]
[登録ニ問題アリマセン]
[マスターキーニ登録ノ要請ヲ発信シマシタ]
[応答ヲ願イマス]




