#4「初めての強敵」2
「……っ」
世界の音が消えた気がした。
戦斧がアマネの前髪を掠めるより早く、俺の魔力が坑道の空気を満たした。ほんの一瞬。ミノタウロスの全身の装甲、黒鉄の厚みすべてが、紙のように薄く、脆く、組成そのものを劣化させられる。同時に、斧を握る腕の関節が、重力の枷で動きを止めた。
シュエットのレンズが、その瞬間を捉えていた。画面の中央、ミノタウロスの背後の空間が、陽炎のようにゆらりと歪んだ。
アマネの大剣が、反射的に振り上がる。
刃が装甲に触れた瞬間、抵抗はなかった。濡れた紙を裂くように、黒鉄の巨体が斜めに両断される。上半身がずるりと滑り落ち、轟音とともに地面に崩れた。
坑道全体が、遅れて低く鳴動した。天井から細かい砂が降る。
静寂。
「……え」
アマネが、自分の剣を見つめた。
「え、えええええ!? 今の私!? 私がやったの!?」
「アマネ、無事か!?」
カサネが駆け寄る。アマネは腰を抜かしたまま、ぶんぶんと首を縦に振った。
「やばい、やばいやばい! 私、また覚醒した! 絶対した! 今の、剣が勝手に動いたもん!」
「落ち着いて。ええと……」
カサネは額に手を当て、顔を上げた。いつもの真剣な目だった。
「今の現象は……ダンジョンの地磁気異常による、局地的な重力崩壊ね。ボスの装甲が、金属疲労の限界を迎えたところに、アマネの一撃が最適な角度で入った。なるほど、私の計算通りだわ」
計算した形跡はどこにもなかったが、俺は何も言わなかった。
『主様』
肩の上で、シュエットが静かに言った。
『今の魔力放出量は、一国の防衛軍が総力を挙げて放つ一撃に匹敵します。……あれほどの敵を、まるで羽虫のように。やはり主様は』
「大げさだな。訓練用の木刀みたいなもんだろ」
『…………』
「それより、今のは完璧だった。ちゃんと抑えたしな。アマネの一撃に見えただろ」
シュエットは何か言いかけて、結局、丸い目をそっと閉じた。感動と呆れが半分ずつ、という顔に見えた。
*
配信画面には、コメントが滝のように流れていた。
『は?』
『装甲が消えた? 今の何?』
『アーちゃん覚醒回きたあああ』
『Cランクボス一撃は草』
『いや、今ちょっと画面歪まなかった?』
『録画した、もう一回見る』
同接は千二百人を超えていた。これまでの最高記録だ。
「みんなありがとー! 私たち、やりました! アーちゃんは今日、新しい自分に目覚めました!」
アマネがカメラに向かってVサインを作る。その横で、カサネは魔力切れで座り込んだまま、俺が差し出したタオルをそっと受け取った。
「……洗って返すわ」
「いや、返さなくていいけど」
「洗って、返すから」
妙に力のこもった声だった。受け取ったタオルは、そのまま彼女の鞄の中に消えていった。深くは考えないことにする。
帰り道、シュエットがそっと耳元で囁いた。
『主様。先ほどのボス戦の映像、視聴者の手ですでに切り抜かれております。歪みの一瞬を、コマ送りで検証している者もいるようで』
「ああ、さっきの揺れか。あれくらい、ダンジョンの地形のせいだと思われるだろ」
『……そうだとよいのですが』
遠くで、アマネが「ランキング、九十位台入った!」と叫んでいる。
シュエットのレンズの内側には、再生数のカウンターが表示されていた。切り抜き動画のタイトルは、『【検証】ボスの装甲が消えた瞬間』。数字はすでに二万を超え、なお回り続けている。
最初のコメントには、こう書かれていた。
『0:42、カメラの後ろ。誰かいない?』




