#4「初めての強敵」1
「Cランクの挑戦資格、出てますね」
ギルドの受付嬢が端末を見ながら告げると、アマネが勢いよくカウンターに身を乗り出した。
「ほんとですか!?」
「ここ数日の配信実績と、ジンさんとのコラボ時の討伐記録が評価されました。『鉄塊の坑道』なら、パーティ単位で申請可能です」
「やった! カサネ、聞いた!? Cランクだよ!」
「聞こえてる。耳元で叫ばないで」
カサネは冷静を装っているが、口元がわずかに緩んでいた。
俺は二人の背後で、受付嬢の手元にある資料を横目で見た。『鉄塊の坑道』。最奥のボス部屋に、アイアン・ミノタウロスが出る。魔鉄の装甲を全身にまとった牛頭の巨人で、Cランク帯では指折りの壁だ。
「なあ、もう少しDランクで様子を見たほうがよくないか」
「お兄ちゃんは一般人だから分かんないかもだけど、私たち今めちゃくちゃ波に乗ってるの! 勢いが大事なの!」
「そういうもんか」
「そういうもんなの!」
押し切られた。ちなみに俺の基準で言えば、アイアン・ミノタウロスは「ちょっと力の強い野良犬」だ。心配なのは敵ではない。妹たちの、無鉄砲さのほうだ。
*
『鉄塊の坑道』は、壁も床も黒い鉱石でできた、息の詰まるような洞窟だった。壁の魔石が薄青く光り、足音がやけに響く。
「はーい、というわけで今日はCランク初挑戦でーす! 同接、もう八百人いる! みんなありがとー!」
アマネがカメラに手を振る。シュエットは三人の周囲を滑らかに旋回し、アマネの笑顔と、その背後の坑道の暗さを一枚の絵に収めていた。
『カー様、今日の装備かっこいい』
『Cランク行くの早くない? 応援してる』
『ドローンの映像、相変わらず映画みたい』
道中の魔物は、アマネの大剣とカサネの結界で危なげなく処理できた。ただ、俺が裏から手を入れる回数は、いつもより多い。三階層分を抜けるころ、カサネの足取りが明らかに重くなっていた。
「カサネ、顔色悪いぞ」
「平気。魔力残量は計算してある」
「いや、全然平気じゃないだろそれ」
「お兄ちゃんは黙ってて。……ちゃんと、あと一戦分は残ってるわ」
強がる声に、いつもの張りがない。連戦続きで、元々少ない魔力の底が見え始めていた。
ここで引き返すべきだと、俺は思う。ただ、ボス部屋の扉はもう目の前にあった。
「ここまで来たんだよ! ボス、倒して帰ろう! カサネの分は私がカバーするから!」
アマネの目が、完全に火のついた子供のそれだった。コメント欄も「いけ!」「ここで逃げたら配信者じゃない」と煽っている。こうなると、止めるほうが不自然だ。
『主様。お止めにならないのですか』
「止めても聞かないだろ。……何かあったら、俺が何とかする」
『はい。いつも通りでございますね』
シュエットの声は、どこか誇らしげだった。
*
扉の向こうは、円形の巨大な空洞だった。
中央に、それが立っていた。身の丈は四メートル近い。全身を黒鉄の装甲で覆われ、頭には湾曲した二本の角。手には大人の胴ほどもある戦斧。アイアン・ミノタウロスが、低い唸りを上げてこちらを向いた。
「で、でっか……」
「構えて、アマネ。結界、展開する」
カサネが震える手で《フィールド・ウォール》を張る。いつもよりさらに薄い。俺は後方、シュエットの影に立ち、いつものように指先を動かした。
――《重層防壁・改》
結界が一瞬、厚みを増す。ミノタウロスの初撃の斧が、その表面で火花を散らして止まった。
「ナイス、カサネ! 行くよ!」
アマネが横から斬りかかる。だが今日は、装甲が厚すぎた。大剣は黒鉄の表面で弾かれ、火花が散っただけだった。
「硬っ! 全然通らない!」
俺はすぐに劣化魔法を乗せようとした。ところが、ミノタウロスの動きが速い。左右に振り回される斧のせいで、アマネの刃と装甲が接触する位置を読み切れない。
「アマネ、距離を取って!」
「大丈夫、まだいける!」
大丈夫ではなかった。アマネが踏み込んだ瞬間、ミノタウロスの足元の岩が砕け、体勢が崩れる。かわす余裕のないところへ、戦斧が真上から振り下ろされた。
「あ」
アマネの口から、間の抜けた声が漏れた。
カサネの結界は、すでに限界だった。薄いガラスのようにひびが入っている。ミノタウロスの斧が結界を粉砕し、そのまま妹の頭上に迫る。
――その瞬間、俺は「抑える」ことを忘れた。




