#3「配信、ちょっとバズる」1
「三百十二位! お兄ちゃん、見て! 三百十二位だよ!」
朝食のトーストを片手に、アマネがスマホを俺の顔に押しつけてきた。近すぎて画面が読めない。
「分かったから離せ。パンがこぼれる」
「だって昨日まで四百八十位台だったんだよ! 登録者も千人超えたし!」
「千人で騒ぐのは早いわ。伸びた原因を分析しないと、次に繋がらない」
カサネは紅茶を啜りながら、タブレットに並んだ数字を冷静に追っていた。ただ、画面をスクロールする指がいつもより速い。内心では相当嬉しいらしい。
「それよりお兄ちゃん。昨日の洗濯物、タオルが一枚足りないのだけど」
「あ? 俺が使ったやつか? 見てないな」
「……そう。ならいいわ」
カサネはそれ以上追及せず、紅茶に視線を戻した。なぜ兄の使用済みタオルの所在を気にするのかは、深く考えないことにしている。
「あとね、コメント欄がすごいの! ほら!」
アマネが画面を切り替える。昨日の配信のアーカイブには、見慣れない勢いでコメントが並んでいた。
『このドローンの追尾、どこ製?』
『カメラ位置が毎回完璧で笑う』
『自動追尾でここまで先読みできるの普通じゃない』
『カメラマンさん、神』
「カメラマン? 俺のことか」
「違うよ、このドローンのこと。お兄ちゃんは構えてるフリしてるだけでしょ?」
悪気なく言われて、俺は黙ってトーストをかじった。事実だ。
肩の上で、シュエットが丸い目をぱちりと瞬かせる。
『主様、高い評価を得ております』
小声で応じる。
「だな。お前、人気者じゃないか」
『恐縮です。……ですが、すべては主様の魔力制御が完璧だからこそ』
「いや、お前の性能だろ。さすがにいい手ブレ補正だよ、最高のカメラだ」
『…………』
シュエットは何か言いたげに黙り込んだ。褒めたつもりなのだが、なぜか不満そうだ。
*
その日の昼、ギルドの受付ロビーで、俺たちは声をかけられた。
「よう。お前らが最近ちょっと話題の姉妹か」
振り向くと、派手な赤い装備に身を包んだ男が立っていた。年は二十代後半、背が高く、自信に満ちた笑み。胸元には、Bランクを示すギルド章が光っている。
「獅堂ジン……! あの『ジンチャンネル』の!?」
アマネの目が丸くなる。登録者十二万、中堅配信者の中ではかなり名の通った男らしい。
「知っててくれて光栄だ。実は今日、お前らの配信を見せてもらってな。面白そうだから、コラボしてやってもいいと思って声をかけた」
「ほ、ほんとですか!?」
「ああ。ただし条件がある」
ジンの視線が、俺の肩の上のシュエットに移った。
「そのドローン、貸してくれ。うちのカメラとは出来が違う。映像映えが段違いなんだ」
ロビーの空気が、わずかに冷えた。
「申し訳ないけど、それは非売品で貸し出しもしてない」
俺が答えると、ジンは眉を上げた。
「あんたは?」
「荷物持ち兼カメラマンです。そいつは俺のお古で、ちょっとカスタムした古いモデルなんで」
「古いモデル? 冗談だろ。あの追尾精度、最新の軍用機でも見たことがない」
「古いんですよ、本当に。年季が入ってるんで」
実際、年季は入っている。最下層で拾ってから何年経つか、もう数えていない。
ジンは納得していない様子だったが、アマネが割って入った。
「じゃあドローンはいいから、コラボだけでもしましょう! 今日これから、近場のダンジョンで!」
「お、おい、アマネ」
「だってジンさんと配信できるチャンスだよ! 絶対伸びるって!」
カサネが小さくため息をついた。
「……仕方ないわね。安全マージンは取るわよ」
こうして、予定外のコラボ配信が決まった。
*
向かったのは、Dランクの『岩窟の洞』。出現する魔物は弱めで、中堅のジンなら散歩のようなものだろう。
「ジンチャンネルのジンだ! 今日は新人姉妹を引っ張ってやるぜ!」
配信が始まると、ジンは慣れた様子でカメラに向かって手を振った。彼の頭上を飛ぶ自前のドローンも、決して悪い機種ではない。ただ、その動きはどこかぎこちなかった。
「うっし、じゃあ先頭は俺が行く。見てろよ、プロの動きってやつを」
ジンが剣を抜き、洞窟の奥へ進む。ところが。
『自動追尾、対象を切り替えます』
シュエットが勝手にジンから離れ、アマネとカサネの二人を画面に収める位置へ移動した。
「あれ? ジンさんが映ってない」
「シュエット、ジンさんを追って」
アマネが指示を出すが、シュエットは小さく電子音を鳴らしただけで、その場を動かなかった。俺は小声で話しかける。
「おい、ちゃんと撮れ」
『お言葉ですが、あの男に画角を割く価値を見出せません』
「だからって……」
『主様の妹君を映すのが、私の務めです』
絶妙に筋が通っているのが腹立たしい。ここで追い返すと不自然だと思い、仕方なく言い含めた。
「頼む。今日だけ、ジンさんも映してやってくれ」
『……承知いたしました。主様の御心のままに』
渋々、という空気が全身から漏れていた。シュエットは位置を調整し、ジンと姉妹を同時に捉える完璧な構図に移動する。
コメント欄が一斉に流れる。
『カメラ、急に動き良くなったぞ』
『さっきまでジンさん映ってなかったのに笑』
『ドローンが空気読んでて草』
『このドローン絶対AI積んでる』
「くそ、俺の配信なのに、なんで人のドローンのほうが話題になってんだ」
ジンが苦笑しながらぼやく。だがその直後だった。
洞窟の天井が、不吉な音を立ててきしんだ。
「ん?」
ジンが顔を上げる。次の瞬間、巨大な岩の塊が剥がれ落ちてきた。直撃すれば、Bランクでも無傷では済まない。
ジンは真上を見上げたまま、足が動かない。アマネとカサネが悲鳴を上げるより早く、岩は目前まで迫っていた。
――この距離、この速度。間に合うのは、たぶん俺だけだ。




