#2「お兄ちゃんは一般人(のはず)」2
「でかっ!? 聞いてない聞いてない!」
「落ち着いて! 結界展開するから!」
カサネが慌てて詠唱を始めるが、相手の魔物はすでに糸を吐き出す構えに入っていた。このまま普通に処理すれば、結界が間に合うかどうかは五分五分。配信のコメント欄には「えぐい、普通にヤバくない?」「逃げたほうがよくない??」という心配の声が増えていく。
俺はカメラの死角、シュエットの影に隠れるようにして足を止めた。
――《空間遮断・微》
蜘蛛が吐き出した糸の軌道を、気づかれない程度にほんの少しだけ歪める。本来ならアマネの進路を塞ぐはずだった糸は、わずかに逸れて壁に着弾した。
「あれ? 糸、外れた?」
アマネが一瞬怪訝な顔をしたものの、すぐに「ラッキー!」とだけ呟いて突撃を再開する。深く考えないところが、この子のいいところでもあり怖いところでもある。
「カサネ、援護!」
「わかってる……展開、《フィールド・ウォール》!」
薄い結界が広がるのを見て、俺はまた指先をそっと動かす。
――《重層防壁・改》
結界の強度が一瞬で跳ね上がり、蜘蛛の体当たりを危なげなく弾き返す。配信画面のコメント欄が沸いた。「今の結界すごない!?」「カー様また強くなってる」「このチームガチで伸びそう」。
「な、なるほど……この巣に満ちた瘴気の密度が、私の結界と相互作用して出力を増幅した、ということね」
カサネが真顔で分析を始める。説明としては筋が通っているように聞こえなくもないが、実際にはただ俺が裏から魔力を上乗せしているだけだ。本人が納得しているなら、訂正する必要もない。
「今度はこっちの番! 食らえええ!」
アマネが大剣を振りかぶり、蜘蛛の脚に斬りかかる。本来なら刃が通る部位ではない硬さだったが、俺はすでにその部分の装甲を薄く劣化させておいた。
刃が触れた瞬間、硬質な外殻は紙のようにあっさりと両断される。蜘蛛の脚が一本、宙を舞った。
「うわ、斬れた! 斬れたよこれ!」
「アマネ、下がって、まだ動いてる」
カサネの指示通りアマネが距離を取ると、蜘蛛は残った脚で体勢を立て直そうとした。俺はその瞬間を見計らって、蜘蛛の重心にほんのわずかな重力操作をかける。たったそれだけで、巨体はあっけなくバランスを崩し、地面に転倒した。
「よっしゃ、今がチャンス! とどめ!」
アマネの一撃が首元に突き刺さり、蜘蛛は呆気なく沈黙した。配信画面には視聴者数の急上昇と、大量のコメントが流れ込んでくる。「は!? Cランクでこれ!?」「この姉妹いつの間にこんな強くなったの」「カメラマンの画角神すぎる、絶対編集も上手いって」。
「や、やったあああ! 見た!? 今の連携! 私たち、普通に強くなってない!?」
アマネが興奮気味に振り返る。
「冷静に考えれば、ダンジョンの瘴気濃度と私たちの魔力特性が偶然噛み合った結果でしょうね」
カサネはいつも通り真顔で分析しているが、その実態はただの俺の裏工作だ。二人とも、自分たちの実力が純粋に上がったのだと信じて疑わない。
「お兄ちゃん、見てた! 今の私たち、めちゃくちゃかっこよかったでしょ!」
「ああ、よく頑張ったな」
「お兄ちゃんは一般人だから、こういう時に戦えなくて歯がゆいよね。でも安心して、私たちがちゃんと守るから!」
無邪気な笑顔で言われ、俺は曖昧に笑って頷くしかなかった。肩の上でシュエットが、呆れたような声で小さく呟く。
『……守られているのは、どちらかというと』
「黙ってろ」
小声で釘を刺すと、シュエットは丸い目を細めて不満そうにしながらも口をつぐんだ。配信終了後のコメント欄には、すでに「この配信、急浮上してない?」「ランキング見てきたら三桁入ってた」といった反応が増え始めていた。
妹たちはまだ気づいていない。これはただの始まりに過ぎないということに。




