#2「お兄ちゃんは一般人(のはず)」1
「おはよークロウ!今日もよろしくね!」
朝のギルド前、待ち合わせ場所に現れたアマネは、いつも通りテンションが振り切れていた。寝癖を適当に撫でつけただけの髪、肩から提げた大剣のケース。配信用の髪飾りだけはきっちりつけているあたり、本人なりのこだわりがあるらしい。
「おはよう。今日もハムスターみたいにはしゃいでんな」
「ハムスターは心外なんですけど!?」
「否定はしないわよ、見た目も中身も近いもの」
カサネが淡々と会話に割り込んでくる。相変わらず表情は薄いが、手元のタブレットでは今日の配信のサムネイル候補を三パターンほど作り込んでいた。カサネはこういう裏方作業には労力を惜しまない。
「今日はどの階層行くんだ」
「Dランクの『霧の回廊』! 最近人気出てきたダンジョンらしくて、攻略動画がまだ少ないんだって」
「人気が出てきてる場所に素人が突っ込むのはおすすめしないけどな」
「お兄ちゃんは一般人だから危険とか分かんないかもだけど、私たちプロだから!」
力強く言い切るアマネに、俺は曖昧に頷いておく。プロと呼べるほどの実力があるかどうかは、正直かなり怪しい。だが本人が自信満々なら水を差す必要もない。何かあれば、いつも通り裏から処理すればいいだけの話だ。
配信開始のコールとともに、三人でダンジョンの入り口をくぐる。シュエットが肩から飛び立ち、三人を囲むように浮遊しながら撮影角度を調整していく。配信画面にはすでに視聴者が集まり始めていて、コメント欄には「霧の回廊行くの!?」「ここ最近死にかけた探索者出たらしいよ」といった不穏な声も混ざっていた。
「ちょ、カサネ、今のコメント見た?」
「見た。けど今更引き返す理由にはならないわ」
「頼もしいなあ、もう」
俺は荷物袋を担ぎ直しながら、二人の後ろをゆっくりとついていく。このやり取りだけなら、ただの仲の良い兄妹の配信にしか見えない。だが『霧の回廊』という名前には、実は少し覚えがあった。
――昔、ここの最深部に、ちょっとした化け物の巣があったはずだ。
当時はまだ浅かったのだろう。今は人気ダンジョンに成長しているらしいが、生態系の根っこはそう簡単に変わらない。嫌な予感がしつつも、顔には出さずについていく。
霧が立ち込める回廊を進むにつれ、視界がどんどん悪くなっていった。アマネが前方を警戒しながら声を潜める。
「なんか、視界悪いとやりにくいな……」
「焦らないで。魔力感知なら私のほうが精度高いから、誘導するわ」
カサネが目を閉じ、周囲の魔力の流れを探り始める。配信のコメント欄が盛り上がる。「カー様の索敵かっこいい」「これぞ理系女子」「アーちゃん浮いてる可愛い」。アマネは地味にその「浮いてる」というコメントに傷ついたのか、小声でぼやいていた。
俺はその間、さりげなく周囲に自分の魔力を薄く広げておく。感知というよりは、索敵網のようなものだ。カサネの探知より遥かに広範囲、遥かに精密なそれが、霧の奥に蠢く複数の反応を拾い上げる。
――数は一体か。どれも、このダンジョンのランクにしては明らかに場違いな強さを持っていた。
「前方に反応……複数ね。こんな浅い階層にしては、やけに数が多いような」
カサネが眉をひそめる。本来の彼女の探知能力なら、ここまで正確に気づけるはずがない。だが俺が裏でこっそり補強してやった感知範囲のおかげで、妹は自分の実力以上の情報を拾えている。
「よし、行くよ!」
アマネが先陣を切って霧の中に飛び込んでいく。考えるより先に体が動くタイプの彼女らしい判断だった。
霧が晴れた先に現れたのは、黒い外殻を持つ巨大な蜘蛛型の魔物――本来ならDランクには出現しないはずの、ワンランク上の個体だった。
その無数の複眼が、先頭に立つアマネをぴたりと捉える。
――まずい。あの位置は、俺の手が届くぎりぎりの距離だ。




