#1「底辺配信、はじめました」2
迫りくるゴブリンの群れを前に、俺はカメラの死角、シュエットの影に隠れるように立ち位置を取りながら、指先だけをそっと動かした。
――《重層防壁・改》
カサネの結界に、気づかれない程度にそっと魔力を上乗せする。表面上は変化なし。だが強度は、たった今、国家防衛用の対魔獣結界と同格まで跳ね上がった。
ゴブリンの群れが結界に突撃し、そのまま何事もなく弾かれて地面を転がる。配信のコメント欄が一斉に沸いた。「今の結界やば」「カー様の魔力上がってない?」「これで登録者増えるでしょ」。
「……嘘でしょ、今の。私、こんな威力出せたっけ」
カサネが自分の掌を見つめて、珍しく動揺した声を漏らした。すぐに真顔に戻ると、独り言のようにつぶやく。
「……なるほど。ダンジョン内の局地的な魔力密度上昇が、私の展開式と共鳴した。理論上は説明がつくわね」
説明はついていない。単に俺が上乗せしただけだ。だが本人が納得しているなら、それでいい。
「今度は私の番! そっちのデカいの、いただき!」
アマネが標的をホブゴブリンに定め、大剣を構えて突撃していく。狙いは半分もついていない、力任せの一振り。だが振り下ろされる寸前、俺はホブゴブリンの装甲に極小の劣化魔法をかけておいた。魔力量にすれば涙が出るほど微量――俺の基準では、だが。
刃が触れた瞬間、屈強なはずのホブゴブリンの体は紙のようにあっさりと両断された。
「うおおおお! 見た!? 今の見た!?」
アマネが目を輝かせて振り返る。配信画面には即座に「今の切り方エグすぎ」「ホブ一撃はやばい」「アーちゃん覚醒回きたああ」とコメントが流れ込み、視聴者数を示す数字がじわりと動く。
「や、やば……なんか今、覚醒したかも私!? 神エイムじゃなかった!?」
「よかったな」
俺は適当に相槌を打ちながら、内心で自画自賛する。よしよし、威力は極限まで絞った。これなら誰にもバレない完璧な偽装だ。
『……主様。今のは絞ったうちに入るのでしょうか』
肩の上でシュエットがぼそりと呟いたが、聞こえないふりをした。
戦闘はあっけなく終わり、配信のコメント欄には「今日の編集えぐくない?」「カメラの動き良すぎ」「この配信伸びそう」といった声がぽつぽつ増え始めていた。数字自体はまだ大したことはない。だが、何かが変わり始めている兆しだけは、この時、確かにあった。
「今日も無事終わったし、帰ってご飯にしよ!」
「賛成。お兄ちゃんは何か作れるの」
「得意料理はカレーくらいだけどな」
「上等。今日はそれでいいわ」
くだらないやり取りをしながら、三人でダンジョンの出口へ向かう。俺にとってはこれが日常のすべてで、これ以上のものは望んでいない。
肩の上でシュエットだけが、丸い目を細めながら小さくつぶやいていた。
『……本当に、恐ろしいお方だ』
その呟きに気づく者は、誰もいなかった。




