#1「底辺配信、はじめました」1
「はい、というわけで今日も潜っていきまーす!ダンジョン配信、注目度ランキング……」
アマネがスマホの画面を覗き込んで、露骨に肩を落とした。
「四百八十二位!? うそでしょ、先週より下がってるじゃん!」
「妥当な数字ね。編集も演出も素人がやってるんだから」
隣で淡々と機材を確認しているカサネが、視線も上げずに言う。口調は冷たいが、手元では配信用の魔導カメラの角度を、アマネが一番映えるように何度も調整していた。俺はその後ろで、荷物袋を担ぎ直しながら二人のやり取りを眺める。
「お兄ちゃんも何か言ってよ!」
「順位なんて気にすんな。楽しけりゃいいだろ」
「そういうとこだよ、お兄ちゃん。ゆるすぎ」
呆れられたが、本音だった。俺にとってこの配信は、妹たちがダンジョンという名の遊び場で無邪気にはしゃいでいる姿を見るための、ただの日課でしかない。
俺の名前はクロウ、二十歳。表向きの肩書きは「妹たちの配信を手伝う、戦闘力皆無の荷物持ち兼カメラマン」。カメラといっても実際に構えているのはフクロウの姿をした使い魔で、俺はその補助と、あとは万が一のための保険要員という体になっている。
――本当は、その保険の中身が世界の非常識だという事は、誰も知らない。
十代の大半を、人類未踏だったダンジョン最深部——通称「アビス」でのサバイバルに費やした。神話級と呼ばれる怪物たちを日常的に相手取り、最終的には最下層で「ダンジョンの真理」とやらに触れて、悟った。
なんだ、こんなもんか、と。
命の危機と隣り合わせの日々より、妹たちが下らないことで笑い合っている今のほうが、よっぽど価値がある。そう思って二十歳で完全に足を洗った。妹たちには「浅い階層でギルドの事務バイトをしていた」と誤魔化し続けている。だから二人は今も、俺のことを戦闘力ゼロの一般人だと信じ切っている。
「シュエット、準備できたか」
肩に留まっている使い魔に声をかけると、丸い金色の目がぱちりと瞬いた。シャッター音を模した電子音が小さく鳴る。
『主様の御心のままに。……ですが、また今日も“ただのドローン”のフリを?』
「当たり前だろ。バレたら面倒なことになる」
『承知しております。実に窮屈な役回りですが』
シュエットは俺が最下層で拾った──というか、勝手についてきた──高等魔導生物だ。周囲には「よくできたカスタムドローン」で通しているが、実際の映像処理能力もセンサーも、この世のどんな技術より数段上を行く。配信画面の隅には常時、視聴者数とコメント欄が流れており、シュエットはその反応まで拾いながら、絶妙な画角を勝手に組み立てていた。本人(本鳥?)はそれを自覚しているくせに、俺の意向を汲んで大人しく機械のフリをしてくれている。有能な奴だ。
「潜るよー! 今日はEランクの階層、ちょっと奥まで攻めてみます!」
アマネが元気よく先陣を切って歩き出す。動きやすいスポーティな服に、背には見た目だけは派手な大剣。彼女の戦闘スタイルは、はっきり言って粗い。直感と勢いだけで突っ込んでいくタイプで、本来ならとっくに大怪我をしていてもおかしくない。
「アマネ、前のめりすぎ。もう少し慎重に」
アマネと比べると、カサネは理詰めで動くタイプだ。だがいかんせん魔力の総量が足りていない。張れる結界は正直、心もとない厚さしかない。配信のコメント欄では「カー様、今日も解説クオリティ高い」「淡々と喋ってるのに情報量多いの草」といった声が流れているが、当の本人はそれを見る余裕もなく、額に薄っすらと汗を浮かべている。
――だからこそ、俺の出番がある。
奥の広間に差し掛かったところで、群れを成したゴブリンとホブゴブリンが飛び出してきた。数は十体強。この階層の相場からすれば、そこそこ骨のある相手だ。画面の向こうでは早速コメントが加速し始めた。「うわ数多すぎ」「ホブいるじゃん大丈夫か」「カメラさん今日も安定の画角」。
「来た! カサネ、結界お願い!」
「わかってる。……展開、《フィールド・ウォール》」
カサネが張った結界は、正直に言えば薄い。ゴブリンの一撃二撃なら防げても、十体がかりの波状攻撃には持たない厚さだ。
ゴブリンたちが、一斉に地を蹴った。
このままでは、結界は数秒と持たない。カサネの顔にも、わずかな焦りが浮かんでいる。
――さて、どうする。
……いや、考えるまでもないか。
俺は誰にも気づかれないよう、そっと指先を持ち上げた。




