#8『灰燼の大空洞』の最奥は、巨大な溶岩湖だった。2
柊レイナは、その瞬間を、結界越しに見ていた。
ドレイクの熱線が放たれる寸前。何かが、世界の空気を変えた。
音が消えた。溶岩の泡立つ音も、咆哮も、遠くの中継班の叫びも。ただ、背後から、薄い膜のような何かが空間を撫でていく感触だけがあった。
次の瞬間、ドレイクの全身の鱗が、変質した。
赤黒く光っていた硬質の鱗が、一斉に、乾いた紙のような鈍色に落ちる。構造が、組成ごと崩れていく。熱線は砲口から放たれたが、アマネの目の前の空間で、不自然に折れ曲がり、ぐにゃりと左へ逸れた。天井の岩盤が、溶けて崩れる。
そして、ドレイクの背後の空間が、陽炎のように、大きく歪んだ。
「……は?」
レイナの口から、声が漏れた。
計算が、追いつかない。魔力の発生源が、見つからない。結界の中にいるのに、全身の産毛が逆立っている。
「今の物理法則、どうなってるの……?」
彼女の視線が、ゆっくりと、後方に向いた。
アマネの背後。カメラの影。荷物袋を担いだ青年が、そこに立っている。
眠たげな目で、欠伸をかみ殺しながら。
*
「やっば、また覚醒しちゃった!? 私、今度こそ本物かも!?」
尻餅をついたアマネが、目を輝かせて叫んでいる。ドレイクは、鱗が薄紙になった自分の体を、呆然と見回していた。
『主様』
肩の上で、シュエットが震える声で言った。
『今の出力は、一国の防衛軍が総力を挙げた一撃に匹敵します。にもかかわらず、お顔は欠伸……まことに、恐ろしいお方でございます』
「抑えたぞ。鱗の肉を傷つけると、焼き肉にしたとき味が落ちるからな」
『…………』
「ま、これで妹たちが倒したように見えるだろ。完璧な偽装だ」
モニタの向こうでは、コメントが滝のように流れていた。
『今の何!?』
『ドレイクの鱗が……全部……』
『背景、歪んでない?』
『カメラの後ろに、何がいる?』
同接は、十二万から、十九万へと跳ね上がっていた。
溶岩湖の熱気の中で、レイナだけが動けずにいた。細剣を握る右手が、微かに震えている。
その視線は、あのカメラの後ろの青年から、離れなかった。




