#8『灰燼の大空洞』の最奥は、巨大な溶岩湖だった。1
『灰燼の大空洞』の最奥は、巨大な溶岩湖だった。
足場の岩棚から先は赤い光の海で、熱気が肌を刺す。三十メートル前方で、レイナが細剣を抜いた。銀白色の刃が、溶岩の照り返しを青く弾く。
「配信、開始しまーす! 本日は特別中継、ギルド公式のSランク討伐です!」
アマネが震える声でカメラに告げる。モニタの同接は十二万を超えていた。これまでの最高記録の百倍だ。
『アーちゃん、緊張してて草』
『Sランク配信とか初めて見る』
『ドローンの映像、いつもよりさらに綺麗』
『柊レイナ様ぁぁぁ』
俺は荷物袋を担ぎ、シュエットの影に立つ。今日の方針は決まっている。裏方に徹し、必要なとき以外は、何もしない。
「来るわ」
レイナの低い声と同時に、湖面が爆ぜた。
溶岩の飛沫を撒き散らして現れたのは、赤黒い鱗に覆われた飛竜だった。翼を広げれば二十メートルはある。ヴォルケイノ・ドレイク。懐かしい顔だ。
『グォォォォォッ!』
咆哮が空洞を揺らす。アマネが肩を跳ねさせ、カサネの結界の光が一瞬ちらついた。
*
レイナの動きは、噂以上だった。
最小限のステップで、ドレイクの爪の軌道を紙一重でかわす。左手で結界を展開しつつ、右の細剣が、一点だけを狙って突き出された。
切っ先から、極細の青い光が奔る。
鱗を貫く。……はずだった。
光は鱗の表面で弾け、焦げ跡を残しただけだった。
「圧縮率を上げても、通らない。この個体の鱗は、通常種の倍以上の密度ね」
レイナが小さく舌打ちする。表情は変わらないが、足運びがわずかに速くなった。
ドレイクが首を持ち上げ、喉の奥が赤く光る。熱線の予備動作だ。向きは、レイナではなかった。
その後方、三十メートル先。
「結界、二重展開! 急いで!」
カサネが叫ぶ。一枚目が張られ、二枚目が重なる寸前で、ドレイクの熱線が放たれた。
轟音。
一枚目の結界が、紙のように溶けた。二枚目は成立しないまま、カサネが膝をつく。魔力が尽きたのだ。
「カサネ!」
アマネが妹を庇って前に出る。その前に、レイナが滑り込んだ。左手の結界を全力で展開し、熱線を真正面から受け止める。
「撤退しなさい! 今すぐ!」
初めて聞いた、焦りを含んだ声だった。結界に走る亀裂が、みるみる広がっていく。
「でも、レイナさんが!」
「行きなさい! これは命令よ!」
レイナの背中は小さく見えた。いつも冷静なはずの彼女の足が、かすかに震えている。
アマネが歯を食いしばった。
「……やだ」
「え?」
「やだ! 私だって、自分で、強くなるって決めたんだ!」
アマネは大剣を握り直し、結界の外へ飛び出した。
「アマネ!?」
カサネの悲鳴が上がる。ルール違反だ。だが、その無鉄砲さに、俺は不覚にも口元が緩んだ。成長したな、とは思う。ただ、状況が悪い。
大剣がドレイクの脚に叩き込まれる。鱗に弾かれ、火花が散った。硬すぎる。アマネの体が、衝撃で後ろに吹き飛ぶ。
ドレイクの首が、ゆっくりとアマネに向いた。喉の奥が、再び赤く光る。
――これは、まずい。
結界を張るレイナは、動けない。カサネは魔力切れで座り込んでいる。アマネの前には、熱線の砲口がある。
俺は、息を一つ吐いた。
「……まあ、これくらいなら気づかれないだろ」
指先が、動く。




