#7「近づく者たち」2
前線基地の奥、解析室と書かれた簡易テントには、重苦しい空気が満ちていた。
モニタには、二つの切り抜き動画が並んでいる。岩が逸れる場面と、ボスの装甲が消える場面。映像はコマ送りで止められ、その横に、数値が並んでいた。
「解析班の真壁です。ドローンの映像処理系を、画質から逆算しました」
白衣の男が、眼鏡を押し上げる。
「結論から言いますと、あのドローンの性能は、現行の軍用機の三倍以上です。センサー感度、処理速度、追尾精度。いずれも、既存の技術体系では説明がつきません。製造刻印もありません」
「製造元は」
低い声で尋ねたのは、ギルドマスターの鷹宮ゲンゾウだった。六十代。白髪を後ろに撫でつけた、岩のような体格の男だ。元Sランクで、片目の傷が今も残っている。
「不明です。持ち主の青年は『古いモデルを弄っただけ』と」
「古いモデル、か」
ゲンゾウが、腕を組んだまま唸った。
「柊。お前の見立ては」
「歪みの発生源は、どちらの映像でも、ドローンの真後ろです。ドローン自体は魔力を発していません。残る可能性は、その背後にいる人間」
「荷物持ちの青年か」
「はい。ただ」
レイナは言葉を切り、真壁に視線を向けた。
「ゲートの数値は」
「それが……ゼロでした」
「……は?」
レイナの口から、聞いたことのない声が漏れた。
「ゼロ、です。三度測定しましたが、すべて」
「待って。人間の身体は、生きている限り、魔力を生成し続ける。ゼロなんて、生物学的に」
氷のようだった瞳が、初めて揺れた。指先が、小さく震えている。
「……物理法則は、どうなっているの」
「落ち着け、柊」
ゲンゾウが、ゆっくりと口を開いた。
「普通の人間は、魔力を完全には消せん。できるとすれば、消そうと意識して、完璧に制御しているということだ」
「それは、Sランクの私でも不可能です」
「ああ。つまり、あの青年は」
三人は、同時に黙り込んだ。
テントの外から、アマネの元気な声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、卵焼き、半分ちょうだい!」
「やらん」
あまりに普通の、兄妹の会話だった。
「……見に行く必要がありますね」
「うむ。明日の討伐中継は、全局で同時解析する。何が映るか、この目で確かめる」
「私が前に出ます。あの姉妹と青年は、三十メートル後方に置きます」
「危険ではないか」
「危険だから、後方に置くんです」
レイナの声は、いつもの冷静さを取り戻していた。ただ、握りしめた右手の指が、まだ白かった。
もし、万一あの青年が、予想を遥かに超える存在だったとしたら。
そのとき、あの子たちを守れるのは、私しかいない。
*
その夜、俺は設営されたテントの前で、アマネとカサネのために夜食を作っていた。
「明日、いよいよだね……」
「睡眠は取れるうちに取りなさい」
「お兄ちゃんの夜食、美味しすぎて寝れなくなる」
「それは矛盾してるわよ」
湯気の向こうで、二人が小さく笑っている。俺はおたまを動かしながら、肩のシュエットに小声で話しかけた。
「今日のところは、完璧だったな。魔力はゼロにして、ドローンの扱いも自然だったし」
『主様。先ほどのゲートの件ですが』
「ああ、あれな。係員が慌ててたけど、故障ってことで通ったし。あの人たち、ほんとに俺に興味なかったな。誰も話しかけてこなかった」
『それは、おそらく、距離を置かれていたのです』
「ん?」
『いえ。何でもございません』
シュエットは丸い目を閉じ、静かに電子音を鳴らした。ため息のようにも聞こえた。
俺は、夜空を見上げて呟いた。
「明日も、いつも通り裏方に徹する。バレる要素は、どこにもない」
遠くのテントの明かりの中で、複数の影が、こちらを見つめていた。俺はそれに気づかないまま、鍋の火を弱めた。




