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第七話 潮


 戦が来た。

 ナチャン・カンの町に、隣の町から使いが来た。使いは耳飾りを外して地面に置き、何か長く喋って、帰った。

 半分くらい分かった。半分で十分だ。戦だということは分かった。

 翌朝から、男たちが集まってきた。町の中からも、周りの村からも来た。顔に色を塗っている。黒と赤が多い。

 俺は色を塗られなかった。

 代わりに、棍棒を一本渡された。

 先端に石が括りつけてある。重い。振ったら当たる前に腕が疲れそうだ。

 「前に立て」

 前に、と言われた。

 前は、死ぬ側だ。

 分かっている。奴隷を前に出すのは、どこでも同じだ。スペインでも、敵の前に押し出されるのはいつも下の人間だ。弓矢と投石を受けるのが仕事で、生き残ったら働いてよい。ダリエンでも見た。

 二百人ばかりが浜に出た。丸木の舟が並んでいる。大きいもので、十五人は乗れる。

 俺は舟に乗せられた。

 舟を見た時、少し楽になった。

 俺は水夫だ。海の上のことなら、この中の誰よりも長く見てきた。

 漕ぎ出した。海は凪いでいた。風は北西から来ている。雲が低い。

 俺は漕ぎながら、水を見ていた。

 潮だ。

 潮が引いている。岸から沖へ、ゆっくり引いている。

 この感じだと、昼過ぎに一番引いて、夕方に向けて満ちてくる。

 誰もそれを気にしていなかった。

 敵の町は、海に面した崖の上にあった。崖の下に小さな浜がある。浜に舟を着けて、崖を上って、攻める。そういう段取りらしかった。

 俺はその浜を見て、潮を見て、それから崖を見た。

 浜の手前に岩が出ている。潮が引いて、水に隠れていた岩が顔を出し始めている。

 昼過ぎにはもっと引く。そうなると、舟は岩に腹を擦って浜に寄れなくなる。

 まずいな、と思った。

 思っただけだ。俺は奴隷で、棍棒を持たされて、前に立てと言われている。段取りに口を出す立場にない。

 浜に着いた。

 岩と岩の間を縫って、何とか三隻を並べた。降りるのに手間取った。降りた尻から崖の上で待っている連中に石を落とされる。投石器ではなく、手で投げている。だがよく当たる。

 俺の前にいた男が額に当たって倒れた。俺が前になった。

 崖を上った。

 上ってからのことは、あまり覚えていない。棍棒を振った。当たったかどうか分からない。石が飛んでくる。矢が来る。叫び声がする。

 後ろから味方が上ってくる。少ない。浜が狭いから少ない。

 押し返された。

 崖を降りた。舟に戻った。

 死んでいない。

 それだけで、少し驚いた。

 浜から離れて、沖で止まった。

 ナチャン・カンの部下たちが、舟の上で何か言い合っている。もう一度行く、いや兵が足りない、岩が邪魔で寄れない。

 俺は海を見ていた。

 潮がさらに引いている。

 昼を過ぎた。これからもっと引く。岩がもっと出る。もう一度同じことをやれば、今度は舟を浜に寄せることすらできない。

 ——だが、と俺は思った。

 潮が引くと、崖の向こう側はどうなる。

 崖は海に突き出ている。今は水に浸かっている向こう側の根元が、引き潮で出てくるなら——裏から回れる。

 回れるかどうかは分からない。だが潮がここまで引いているなら、岩伝いに歩ける可能性はある。

 水夫にしか分からないことだ。

 俺は、口を開いた。

 ここまで、俺は黙って生きてきた。

 ニクエサが追い出される時、黙っていた。船長が流される時、黙っていた。十日目の夜も、檻の中でも、畑でも、黙っていた。黙っているほうが生き延びられるからだ。

 今、口を開くのは、黙っていたら死ぬからだ。

 結局同じことだ。生き延びるために黙り、生き延びるために喋る。

 舟の中で、ナチャン・カンの部下に向かって言った。

 言葉は足りなかった。だから指で差した。崖の向こうを差して、水を差して、潮が引く動きを手でやった。

 「水。引く。あっち。歩ける」

 四語だ。

 部下の男は、俺を見た。白い肌の、棍棒を持った奴隷を見た。

 海を見た。

 崖を見た。

 それから、ナチャン・カンに何か言いに行った。

 舟が二手に分かれた。

 大半はもう一度浜に向かった。俺は五人と一緒に、崖の反対側に回された。

 潮は引いていた。

 岩が出ている。濡れている。滑る。だが歩ける。俺は先に行った。こういう岩の上を歩くことなら、パロスの港で何年もやってきた。

 崖の裏を回った。

 向こう側に、登れる場所があった。傾斜が緩くなって、草が生えている。ここなら上がれる。

 上がった。

 上には、誰もいなかった。

 全員、浜のほうを向いている。石を投げている。下を見ている。

 後ろから来るとは、思っていなかった。

 六人で声を上げた。

 それだけでよかった。

 後ろから来たことが相手を崩した。何人いるか分からないから、まず振り返る。振り返った分だけ、浜側が空く。浜から味方が上がってくる。

 崩れた。

 勝った。

 ——勝ちは勝ちだ。理由はどうあれ、勝ちは勝ちだ。

 帰りの舟は、行きと違った。

 誰も俺を前に出さなかった。

 ナチャン・カンが、俺の顔を見た。見て、何か言った。

 全部は聞き取れなかった。だが、一つだけ聞こえた語がある。

 カアブ。

 海だ。

 あの男は、俺を海と呼んだのかもしれない。名前で呼んだのかもしれない。分からない。

 分からないが、棍棒は取り上げられなかった。

 翌朝、俺の寝る場所が変わった。荷を置く小屋から、人が寝る家に移された。

 アギラールは小屋に残った。

 あいつの本は、もう半分以上、印で埋まっていた。

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