第四話 十三日
船が壊れる音は、覚えなくていい。
一度聞けば分かる。そして二度目はない場合が多い。
夜だった。浅瀬に乗り上げた。近道を選んだからだ。それだけの話である。
小舟を降ろした。
積んだのは、水の樽が一つ。乾パンが少し。あとは人だ。
二十人。
帆はない。櫂は二本あって、まともなのは一本だった。
一日目。
まだ元気だった。誰かが冗談を言い、誰かが笑った。船長が針路を決めた。西だ。西へ行けば陸がある。
二日目。
島が見えるはずだと言い張る奴がいた。見えなかった。
三日目。
水を配る係を決めた。俺ではない。俺がやると言い出せば、俺が疑われる。
四日目。雨が来なかった。
五日目。雨が来なかった。
六日目。雨が来なかった。
海の水を飲む奴が出た。
止めた。止めても飲む。飲むと、しばらく楽になるからだ。
それから、おかしくなる。歌い出す奴がいる。喋り続ける奴がいる。誰もいない方を向いて謝り出す奴がいる。
飲んだ奴から順に死んだ。
海の上では大抵のことが分からないが、これだけは分かっている。
七日目。
一人を海に入れた。手を合わせた。
八日目。
二人。手は合わせた。
九日目。
三人。
十日目。
朝、一人が死んだ。
夕方まで、誰も海に入れなかった。誰も動かない。誰も見ない。誰も、入れようとは言わない。
日が落ちて、船長が短刀を出した。
誰も止めなかった。
俺も、何も言わなかった。
俺は食った。
味の話をする気はない。腹に入れた。それだけだ。
手は、合わせなかった。
合わせる筋合いがない。
十一日目。
誰も喋らない。喋ると水が減る。
理由は、それだけということにしている。
十二日目。
鳥が来た。
鳥は陸から来る。遠くへは行かない。俺は水夫だから、それを知っている。
「陸がある」
声が出なかった。三度目でようやく音になった。
十三日目。
水の色が変わった。
青が薄くなって、緑になって、濁った。川が近い。川があるなら、飲める水がある。
それから、線が見えた。
舟が砂に乗り上げて、全員が転がり落ちた。
立てない。十三日座っていた脚は、立ち方を忘れている。
俺は這った。砂が熱い。
水を探した。飲んだ。吐いた。また飲んだ。
それから、数えた。
八人。
五百八十人でエスパニョーラ島を出た。六十人でノンブレ・デ・ディオスに着いた。舟に乗ったのが二十人。
今、八人。
この数え方は、やめたほうがいい。
昼過ぎに、人が来た。
十人ばかり。ほとんど裸で、髪を結っていて、槍を持っている。
俺たちを見て、しばらく何か話していた。
助かった、と誰かが言った。
俺は水夫だ。海のことしか分からない。
だが、こちらを見ながら相談している人間の顔は、海の上でも陸の上でも同じだ。
あれは、助ける相談じゃない。




