第三話 ダリエン
他人の畑に、家が建っている。
コルメナレスが持ってきた話を短くすると、そういうことになる。
ここから東に、スペイン人の町があるのだという。
サンタ・マリア・ラ・アンティグア・デル・ダリエン。長い。誰も最後まで言わないので、みんなダリエンと呼んでいる。
もともとオヘダの隊だった連中が、住む場所を失って流れてきて、そこに勝手に建てた。
勝手に、というのが大事なところで、その土地はニクエサが王様から貰った方に入っている。
ニクエサは立ち上がった。六十人が、久しぶりに立ち上がる主人を見た。
俺は正直、船に積んである食い物のほうを見ていた。
ダリエンに着いて、驚いた。
町があった。
柵ではなく家がある。畑がある。豚がいる。人が三百人ばかりいて、誰も痩せていない。
俺たちのほうが、どう見ても野良犬だった。
仕切っている男が二人いた。
一人はエンシソという。法律をやる男だ。書類を持っていて、正しいことを言う。だから嫌われていた。
もう一人はバルボアという。こちらは書類を持っていない。
この男の来た経緯が面白い。エスパニョーラ島で借金がかさんで、島から出られなくなったので、樽に入って船に積まれた。
樽である。
海の上で出てきて、船長に見つかって、置き去りにされかけて、口先で切り抜けた。それから一年もしないうちに、町を仕切っている。
俺は、この男が嫌いではない。
オヘダの隊の生き残りも何人かいた。その連中をまとめて連れてきたのが、ピサロという男だ。
背が高い。喋らない。豚飼いの出だという。読み書きができないらしい。
俺もできないので、そこは何とも思わなかった。
さて、ニクエサである。
この人には、たぶん一つだけ正解があった。
「よく生き延びた。土地は分ける。飯を食おう」
これだけ言えばよかった。俺なら言った。
言わなかった。
代わりに、こう言った。この町は自分の土地に建っている。よって町は自分のものである。ついては、お前たちがこれまでに集めた黄金を、全部こちらへ出せ。
三百人が、静かになった。
六十人は、もっと静かになった。
俺は数を数えていた。六十と、三百。
賭けにならない。
その日のうちに寄合が開かれ、答えが出た。
あなたを長とは認めない。
ニクエサは怒った。書類を出した。王様の名前を出した。だが書類を読める男は、この町ではもう嫌われている側にいる。
三月一日。
浜に、古い船が一隻引き出された。
俺も見に行った。ひどい船だった。板の継ぎ目が開いている。ああいうのは、沖に出ると水が入る。少しずつ入る。汲めば間に合う気がして、汲んでいるうちに間に合わなくなる。
ニクエサと、十何人かが乗せられた。
「陛下に申し上げる」
そう言っていた。何度も言っていた。
船が出た。
浜の連中はしばらく見ていたが、帆が小さくなると解散して、飯を食いに行った。
俺も食った。
その船の話は、それきり聞かない。
俺は、何も言わなかった。
ニクエサに雇われて海を渡り、ニクエサの下で歩き、ニクエサの下で六十人まで減った。その主人が板の開いた船に乗せられるのを、俺は見ていただけだ。
言えば、次に乗るのは俺になる。
だから食った。豚を食った。うまかった。
揉め事は、それで終わらなかった。
今度はエンシソが追い出された。書類の男は書類の通りに正しかったが、正しさはこの町では通らない。
残ったのはバルボアだ。
だが、勝手に長になった男は、勝手なままでは長でいられない。エスパニョーラ島の役所に、こちらの言い分を届ける必要がある。ついでに食い物と人手も貰ってくる。
船を一隻出すことになった。
乗り手を募った。海の上のことが分かる者、と言われた。
俺は水夫だ。
手を挙げた。
理由は簡単で、この町にいると、いつか誰かが俺を船に乗せる側になるからだ。乗せられるより、自分で乗るほうがいい。
乗り組みが決まった。俺もその一人だ。
船長は急いでいた。積み荷を減らした。水を減らした。近道を選んだ。
船は出た。
風は、悪くなかった。




