第三十二話 トゥカペル
砦を焼いた。
夜明け前に囲んだ。中にいたのは三十人ほどだ。寝ていた。クリスマスの酒が残っている顔をしていた。
壁に立っていた時に覚えた。この日、白い肌の連中は神の生まれた日だと言って飲む。飲むと朝が遅い。
火矢を放った。屋根が燃えた。飛び出してきたところを待っていた。
終わった。
砦の跡に煙が上がっている。
次。
砦が落ちれば、伝令が出る。北のインペリアルかコンセプシオンへ、馬で走る。
出た。
待っていた。道の途中に木を倒してあった。馬が止まった。降りたところを捕まえた。
別の方角にもう一人出していた。そちらも捕まえた。
伝令が着かなければ、援軍は来ない。
バルディビアだけが来る。
知っている。この男はそういう男だ。砦が攻められたら自分で行く。部下に任せない。
——待った。
谷の南側に六千を散らした。森の中に。木の後ろに。草の下に。
見えない。
谷の底は湿地だ。昨日の雨で地面が黒く光っている。踏めば沈む。俺はこの泥を知っている。子供の頃に走った泥だ。
昼が過ぎた。
陽が傾き始めた。
カウポリカンが隣に来た。
「来るか」
「来る」
「いつだ」
「今日中に来る。こいつは待てない男だ」
「なぜ知っている」
「六年間、靴を磨いていたからだ」
カウポリカンは黙った。
風が変わった。北から風が来た。
土の匂いの中に、別の匂いが混じった。
鉄だ。
鉄の匂いがする。鎧の匂いだ。汗で錆びた鉄の匂い。六年間、毎日嗅いだ匂いだ。
来た。
谷の北の端に、砂煙が立った。
旗が見えた。バルディビアの旗だ。赤い布だ。
馬が見える。数えた。
五十人。馬は二十頭と少し。
近づいてくる。
砦の煙を見ている。煙だけが残っている砦の跡に向かっている。急いでいる。
急げ。急いでこい。
泥に入れ。
バルディビアの隊が谷に入った。
先頭の馬の蹄が、泥を踏んだ。
ずぶ。
聞こえた。六千人が、息を止めて聞いている。
二頭目が入った。三頭目が入った。隊列が谷に吸い込まれていく。
泥が深くなっている。蹄が沈み始めている。馬の歩みが遅くなっている。
まだだ。
全部入ってからだ。
最後尾が谷に入った。
——今だ。
声を上げた。
六千が立った。
森の両側から、同時に出た。谷が人で埋まった。
投石紐が唸った。石が飛んだ。空が暗くなるほど飛んだ。鉄の兜に当たる音。甲高い。乾いた音が谷に反響した。
馬が跳ねた。
跳ねた脚が泥に沈んだ。沈んだ脚を抜こうとして、反対の脚が沈んだ。
暴れている。暴れるほど沈む。
知っている。蹄に石が挟まると歩けなくなる馬を、俺は知っている。泥はもっと悪い。泥は蹄だけじゃなく脚ごと掴む。
長槍を構えた。
前の列が穂先を揃えた。六メートルの槍が並んだ。
馬が来た。泥の中を、もがきながら突っ込んできた。
穂先が見えたはずだ。
止まれなかった。泥の中では急に止まれない。
穂先が馬の胸に入った。
馬が前脚を折った。首が落ちた。背中が跳ね上がった。乗っていた男が飛んだ。
鉄の服ごと泥に突っ込んだ。顔から。
泥の中で起き上がろうとしている。鉄が重い。腕が沈む。膝が沈む。
棍棒が落ちた。
何人もで叩いた。鉄の上から叩いた。凹む。凹んだ鉄が中の人間を潰す。
前の列が退いた。後ろの列が出た。
訓練通りだ。
白い肌の連中は交代できない。五十人しかいない。
俺たちは六千いる。百人ずつ出して、六十回交代できる。
煙の棒が鳴った。
一人倒れた。隣にいた男だ。胸に穴が開いた。
次が出た。穴を埋めた。
また鳴った。また倒れた。また埋めた。
火薬は有限だ。壁に立っていた時に聞いた。足りないと言っていた。
数えた。
鳴った回数を数えている。
三十回。四十回。五十回。
鳴る間隔が延びている。
六十回。
止まった。
煙の棒が止まった。
尽きた。
——ここからは、鉄と石の勝負だ。
馬が泥から脚を抜けないでいる。乗っている男が剣を振っている。振っているが、長槍のほうが長い。届く前に突かれる。
一人落ちた。また一人落ちた。
泥の上に、鉄の塊が増えていく。動いている塊と、動かなくなった塊が混じっている。
残りが減っている。
十人を切った。
五人を切った。
——その中に、あの男がいた。
バルディビア。
まだ馬の上にいる。まだ剣を振っている。
周りに誰もいなくなっている。部下が全部落ちた。泥の中で動かなくなっている。
一人だけ、馬の上で剣を振っている。
馬が動かない。泥が脚を掴んでいる。四本とも沈んでいる。馬は首を振っている。鼻から泡を出している。
泡を出している。
——船の中で吐いていた馬のことを、俺は知らない。
だが今、泥の中で泡を吹いている馬を見ている。
この獣は、もう動けない。
長槍が三本、同時に来た。
馬の首に一本。脇腹に一本。尻に一本。
馬が崩れた。
バルディビアが落ちた。
泥の上に、仰向けに落ちた。鉄の背中が泥にめり込んだ。
起き上がろうとしている。右手にまだ剣を握っている。
俺は歩いた。
泥を踏んで、歩いた。急がなかった。
バルディビアの前に立った。
見下ろした。
六年間、この男が俺を見下ろしていた。馬の上から。椅子の上から。食卓の上から。
今、俺が見下ろしている。
泥の中の男が、俺の顔を見た。
目が動いた。
何かを探している。この顔を知っているか、知らないか、探している。
「フェリペ」
俺は言った。あいつらの言葉で言った。
バルディビアの目が止まった。
分かった。
馬の糞を掻いていた子供の顔を、思い出した。
分かった顔をしている。分かって、信じられない顔をしている。
「お前の馬の乗り方を知っている」
俺は言った。
「お前の砦の場所を知っている。お前の兵の数を知っている。お前の火薬がいつ尽きるかも知っている」
バルディビアの口が動いた。
何か言おうとしている。
俺は聞かなかった。
六年間、聞いた。壁に立って、全部聞いた。
もう十分だ。
棍棒を振り上げた。
振り下ろした。
——谷に、静けさが来た。
一瞬だった。
それから声が上がった。六千の声だ。谷の壁に当たって、跳ね返って、もう一度当たった。
勝鬨だ。
俺は声を上げなかった。
泥の上に立って、棍棒を持っている。
棍棒の先に、血と泥が混じっている。
バルディビアの体が泥の中にある。鉄の服が半分沈んでいる。顔は見えない。
何も感じない。
嬉しくない。悲しくもない。空でもない。
ただ、終わった。
六年間が終わった。
糞を掻く日が終わった。壁に立つ日が終わった。フェリペという名前が終わった。
俺はレフトラルだ。
速い鷹だ。
今日、この谷で、鷹は馬に勝った。
——返した。
あの日、村で腕を掴まれた時から、借りていたものを返した。
泥の上で、風が吹いた。
南からの風だ。森の匂いがした。土の匂いがした。
俺の土地の匂いだ。




