第三十話 コンセプシオン
白い肌の連中の言葉を覚え始めた。
覚えるつもりはなかった。毎日聞いているから、入ってきた。
最初に覚えたのは馬の名前だ。カバーリョ。
次に覚えたのは命令だ。アグア。水。トラエ。持ってこい。リンピア。拭け。
命令はどの言葉でも短い。俺の部族の言葉でも、白い肌の連中の言葉でも、命令は一語か二語で済む。
半年で、だいたい分かるようになった。
分かることを見せなかった。
見せると使われる。使われると近くに置かれる。近くに置かれるのはいいが、分かっていることが知られると、話す内容を変えられる。
分からないふりをしているほうが、聞ける。
バルディビアは南に砦を建てていた。
コンセプシオンという。海に近い町で、ここを拠点にして、もっと南を攻める。俺の村があったあたりを。
俺はバルディビアと一緒にコンセプシオンに来た。従者だから、主人の行く場所に行く。
ここで新しい仕事が増えた。
バルディビアが集まりをする時、部屋の隅に立つ。
酒を注ぐ。皿を下げる。火を足す。それだけだ。
壁みたいなものだ。壁に耳はないと思っている。
ある。
バルディビアが喋る。部下が喋る。俺は壁に立って聞いている。
南の部族がまた集まっている。何人くらいだ。千か、二千か。どの谷にいる。川の向こうか、こちらか。
砦をもう二つ建てる。一つは川の合流地点に。もう一つは山道の入り口に。
馬は何頭出せる。三十頭。足りない。二十頭で行くしかない。
火薬が足りない。リマからの補給が遅い。
——全部聞いている。
火薬が足りないことを。馬が二十頭しかいないことを。砦の場所を。兵の数を。
頭に入れた。出さない。
夜、仕事が終わると、厩に行く。
馬は夜、寝ている。横になって寝ている馬と、立ったまま寝ている馬がいる。
立ったまま寝ている馬は、揺すると起きる。起きると不機嫌だ。不機嫌だが暴れはしない。毎日世話をしている相手だと分かっているからだ。
鞍を乗せた。
昼間、何十回も見た手順だ。毛布を敷いて、鞍を載せて、腹帯を締める。
腹帯の締め方が最初は分からなかった。締めすぎると馬が嫌がる。緩いと鞍が回る。鞍が回ると落ちる。
落ちた。
初めて乗った夜に落ちた。
鞍に座って、手綱を持って、脚で挟んで、馬が一歩動いた瞬間に落ちた。
地面は固い。尻を打った。息が止まった。
馬は止まって、こちらを見ていた。何やってるんだ、という顔だ。
もう一度乗った。
今度は二歩もった。三歩目で落ちた。
もう一度乗った。
五歩。落ちた。
もう一度。
十歩。落ちなかった。
歩いている。馬の上で、歩いている。
地面が遠い。揺れている。馬の首が前に動いて、体が左右に振れる。
怖い。
怖いが、高い。地面にいた時より、全部がよく見える。
その夜はそこまでだった。
厩に戻して、鞍を外して、汗を拭いて、元に戻した。
誰にも見られていない。
次の夜も乗った。
次の夜も。
次の夜も。
落ちなくなるまでに、十日かかった。
走れるようになるまでに、二十日。
初めて走った夜、風が来た。顔に当たった。耳の横を抜けた。
速い。
俺は村で一番速かった。犬より遅かった。
今、犬より速い。
たぶん鷹より速い。
暗闇の中で、声を殺して笑った。
走りながら方向を変えられるようになるまでに、一月。
急に止まれるようになるまでに、もう半月。
誰にも言っていない。夜の厩で、一人で覚えた。
昼間は糞を掻いている。水を運んでいる。壁に立っている。
フェリペという名前の、馬の世話をする子供だ。
夜は乗っている。
——ある夜、バルディビアの集まりで、聞いた。
南の部族を討つ。大規模にやる。砦を三つ建てる。兵を百二十、馬を三十頭。
討つ相手は、俺の部族だ。
俺の村があった場所だ。
父がいた場所だ。
バルディビアが地図を広げた。白い肌の連中は地面の形を紙に描く。川がどこにあって、山がどこにあって、道がどこを通っているか。
俺は壁に立って、見ていた。
全部見えた。
川の名前が読めない。字が読めないからだ。だが形は分かる。あの川だ。あの谷だ。あの森だ。
俺が走った森だ。枝が顔に当たった森だ。
その森に、こいつらが行く。
——帰らなければいけない。
そう思った。
思っただけだ。まだ動かない。動いたら捕まる。捕まったら殺される。
だがもう少ししたら動く。
もう少ししたら、俺は馬に乗って、夜の闇の中を、南へ走る。
その時までに覚えることを全部覚える。
馬の弱点。兵の数。砦の場所。火薬の量。行軍の速さ。
全部持って帰る。
名前は取られた。フェリペにされた。
だが取ったものもある。
馬の乗り方。敵の言葉。敵の地図。敵の弱さ。
全部、頭の中にある。
こいつらは知らない。壁が全部覚えていることを。




