第二十八話 レフトラル
走るのが速い。
村で一番速い。兄より速い。父より速い。犬には負ける。犬はずるい。脚が四本ある。
俺の名はレフトラル。速い鷹、という意味だ。
鷹より速いかは知らない。鷹と走ったことがない。
十一になった。
村はビオビオ川の南にある。川は広い。雨が降ると増える。増えると渡れない。渡れないから、向こう側の連中とは殴り合いにならない。雨はいいことだ。
父はロンコだ。村の頭領。頭領と言っても偉そうにしているわけではない。揉め事があると呼ばれて、話を聞いて、落としどころを見つける。見つからないと殴り合いになる。殴り合いになると父が止める。止められないこともある。
母は畑をやっている。芋と豆とトウモロコシ。俺も手伝う。手伝うのは嫌いだ。走るほうがいい。
森が好きだ。
でかい木が何本もある。上を見ると空が見えない。葉が全部塞いでいる。雨の日は葉が先に受けて、下には粒が落ちてくる。大粒だ。冷たい。
森の中を走ると、枝が顔に当たる。避ける。避けきれないのは腕で払う。傷ができる。傷は乾くと痒い。掻くと血が出る。
こういう話をしていると長くなる。
北から、変なやつらが来ている。
という話を、父が夜にした。
変なやつら。白い肌で、毛が顔に生えていて、銀色の服を着ている。四本脚の獣に乗っている。
聞いたことがある。北のほうの部族が噂していた。
ずっと北に、大きな国があったそうだ。道があって、倉があって、石の壁がある国だ。その国がやられた。白い肌の連中にやられた。
その連中が南に来ている。
「どれくらい強い」
俺は聞いた。
父は少し考えてから言った。
「分からん。だが北の連中が負けたなら、強いんだろう」
「何人くらいいる」
「百人もいないらしい」
百人。
この村に戦える男は五十人いる。隣の村にも三十人いる。
百人なら、やれるんじゃないか。
父は笑った。
「お前はまだ戦に出られない」
出られない。十一だから。槍の持ち方は教わった。投石紐も振れる。だが戦はまだだと言われている。
つまらない。
——白い肌の連中が来たのは、その年の乾期だった。
川を渡ってきた。
水が少ない時期を選んだのだ。賢い。
最初に見えたのは、旗だった。木の上に赤い布がついている。それが動いている。
次に見えたのは、獣だった。
でかい。
話には聞いていた。四本脚の獣。だが聞くのと見るのは違う。
脚が長い。首が太い。背中に人が乗っている。
速い。
犬より速い。俺より速い。
初めて、俺より速いものを見た。
村の男たちが出た。父が先頭にいた。槍を持って、声を上げて、走っていった。
俺は走れない。出るなと言われている。木の後ろにいろと言われている。
木の後ろから見ていた。
獣が突っ込んできた。
父の隣にいた男が飛ばされた。獣の胸が当たって、吹き飛んだ。
煙が出た。棒から煙が出て、音がした。雷みたいな音だ。雷よりは小さい。だが近い。
もう一人倒れた。
槍が銀色の服に当たった。弾かれた。
石が飛んだ。投石紐だ。当たった。銀色の服が凹んだ。だが中の人間は倒れなかった。
父が叫んだ。退け、と。
退いた。
森に入った。森の中は獣が入れない。木が邪魔をする。
追ってこなかった。
夜、父の顔を見た。
血が出ていた。額を切っている。
「強いな」
父は言った。
「強い」
俺は言った。
「だが、あの獣はでかすぎる。森には入れない」
父はうなずいた。
——次に来た時は、もっと多かった。
川を渡って、村の近くに、家を建て始めた。木を切って、柵を立てて、中に住み始めた。砦だ。
父が集めた。周りの村のロンコたちを。
話し合いをした。長い話し合いだ。三日続いた。
決まったことは一つ。戦う。
戦った。
森から出て、砦に向かって走った。俺は今度も出られなかった。木の後ろだ。
負けた。
獣が速い。煙の棒が遠くまで届く。銀色の服が硬い。
何人か死んだ。俺の知っている男が死んだ。隣の家の、魚を獲るのがうまい男だ。
次にまた戦った。
また負けた。
三度目は、向こうから来た。
村に来た。
朝だった。走って逃げた。母と姉が先に走った。俺は後ろから走った。
追いつかれた。
獣は速い。
俺は速い鷹だ。村で一番速い。だが獣には勝てない。
捕まった。
腕を掴まれた。獣の上から手が伸びてきて、俺の腕を掴んだ。
引き上げられた。獣の背中に乗せられた。
暴れた。噛んだ。蹴った。
殴られた。頭を殴られた。暗くなった。
目が覚めた時、俺は縄で縛られて、知らない場所にいた。
周りに、同じように縛られた子供が何人かいた。
みんな、俺と同じ顔をしていた。怒っている顔だ。
怖いのではない。怒っているのだ。
俺は十一で、走るのが村で一番速くて、犬より遅くて、獣にはもっと遅くて、今、縄で縛られている。
父はどうなった。母はどうなった。
分からない。
分からないが、考えているひまはなかった。
白い肌の男が来て、俺の縄を解いた。
別の縄をつけた。首に。
引かれて歩いた。
連れて行かれた先に、男がいた。
背が高い。髭が多い。目が細い。声が太い。
この男が俺を見た。
俺も見た。
この男の名を、後で知った。
ペドロ・デ・バルディビア。
——俺を捕まえた男の名だ。
こいつの名前は忘れない。




