第二十二話 マルティン
戦が終わって、わたしは子を産んだ。
コルテスの子だ。
いつからそうなったかは書かない。
男の子だった。
コルテスがマルティンと名づけた。自分の父親と同じ名だという。
わたしは抱いた。軽い。
顔を見た。
わたしに似ていない。コルテスにも似ていない。
肌の色が違う。わたしより薄く、コルテスより濃い。目は黒い。髪も黒い。だが鼻の形が違う。わたしの鼻でも、コルテスの鼻でもない。
どちらでもない顔だ。
この子は何者になるのだろう。
メシーカか。スペイン人か。
どちらでもない。
どちらでもないものを何と呼ぶか、まだ誰も決めていない。
コルテスはこの子を認めた。自分の息子だと言った。
だがわたしを妻にはしなかった。
代わりに、ハラミーリョという男にわたしを渡した。部下の一人だ。悪い男ではない。酒を飲まない。殴らない。それだけで十分だ。
土地を貰った。
オルタバという町の近くに、わたしの土地がある。家がある。使用人がいる。
売られた時に失ったものが、全部戻ってきた。
全部、というのは嘘だ。父は戻らない。母は——母のことは考えない。わたしを売った母のことは。
だが土地がある。家がある。名前がある。
ドニャ・マリーナ。
五つ目の名前だ。ドニャは敬称で、身分のある女につける。
マリナリ。マリーナ。マリンツィン。マリンチェ。ドニャ・マリーナ。
五つの名前を持つ女は、一人しかいない。
一人しかいない女が、新しい家の戸口に座っている。
テノチティトランの跡地に、新しい町が建ち始めている。
瓦礫の上に、白い肌の連中の建物が載っていく。教会が建つ。広場が造られる。神殿があった場所に十字架が立つ。
水路は埋められた。橋はもう要らない。湖は少しずつ干上がっていく。
同じ場所に、違うものが建っている。
わたしがやったことと同じだ。ナワトルの上にマヤを載せ、マヤの上にスペイン語を載せた。元の形は下に埋まっている。見えなくなっている。だが消えてはいない。
消えてはいない、と思いたい。
アギラールが死んだと聞いた。
病だという。出ものの病ではない。別の熱だと。
あの膨らんだ本はどうなったのだろう。日の印で埋め尽くされた、あの本。
帰れた日から先、あの男は何を数えていたのだろう。帰る日を数える男が帰ってしまったら、次は何を数えるのだろう。
分からない。聞く前に死んでしまった。
——あの人は、誰かを置いてきた顔をしていた。
最初の夜に、焚き火の横で見た顔だ。
置いてきた誰かが今どうしているかを、わたしは知らない。
マルティンが歩き始めた。
よく転ぶ。転んでも泣かない。立ち上がって、また歩く。
わたしはナワトルで話しかけている。ハラミーリョはスペイン語で話しかけている。この子の頭の中に、二つの言葉が並んで入っていく。わたしと同じように。
だがこの子は、間に立たなくていい。
立たなくていい。そう思って産んだのかと聞かれたら、答えられない。何も思わずに産んだ。何も思わないまま、この子がいる。
言葉は消える。訳した言葉は、空気に溶けて消える。紙に残った言葉だけが残る。
わたしの言葉は紙に残っていない。
ナワトルに変えた時に何を選んだか。どの語を使い、どの語を捨てたか。「友人」を「敵の敵」に変えたこと。「来るな」をそのまま渡したこと。「この都はあなたのために」をそのまま渡したこと。
全部、消えた。
わたしの中にだけ残っている。
それでいい。
それでいいと、思うことにしている。
マルティンが転んだ。
今度は泣いた。
わたしは抱き上げた。
ナワトルで名前を呼んだ。
マルティン。
器に何と書いてあっても中身は同じだと、わたしは言った。
嘘だった。
名前を呼ぶと、そこに人が立つ。マルティンと呼べば、この子がこちらを向く。マリナリと呼ばれれば、川のそばの家が見える。マリーナと呼ばれれば、冷たい水が頭にかかる。マリンチェと呼ばれれば、六千人の顔が見える。
名前は、ただの器ではない。
名前は、目だ。
わたしは言葉を渡した。
その言葉が何になったかは、後の者が決めればいい。




