第二十一話 クアウテモク
舟が湖に降ろされた。
十三隻。山の中で造り、分解して運び、湖畔でまた組んだ。白い肌の連中はこういうことをやる。必要だと思えば、山の中に港を造る。
わたしが訳した言葉で組み上がった舟だ。
帆を張り、舷に大砲を据え、湖に浮かんだ。
水の上の都を、水の上から攻める。
コルテスの軍は三方に分かれた。三本の橋道に、それぞれ一隊。湖には十三隻の舟。
トラスカラ兵は数え切れない。数万いる。
対するテノチティトランの中には、まだ人がいる。出ものの病で何万も死んだが、まだ残っている。クアウテモクが残った者たちを率いている。
二十五歳の王が、死にかけた都を守っている。
——包囲は、七十五日続いた。
最初に水を断った。
テノチティトランに真水を送る水道がある。チャプルテペクの丘から石の管で引いている。コルテスはそれを壊させた。
わたしは訳した。「あの管を壊せ」を、ナワトルに変えた。
水が止まった。
都の中の人間は、湖の水を飲むしかなくなった。湖の水は塩が混じっている。飲めば腹を壊す。壊した腹は戻らない。
次に、食を断った。
舟が湖を押さえた。丸木舟で食い物を運び入れようとするメシーカの舟を、大砲で沈めた。
都の中で人が飢え始めた。
三週目から、匂いが変わった。
風が都の方角から吹くと、届いた。甘い匂いだ。甘くて重い。腐った果実の匂いに似ているが、果実ではない。
人の匂いだ。
出ものの病で死んだ者を、埋める場所がない。水の都には土がない。水路に落とすか、家の中に置くしかない。
都が腐り始めていた。
わたしが入城した日に見たものを思い出した。白い壁。色のついた絵。泉のある中庭。市場の喧騒。花を持った人々。
同じ都が、今、匂いを放っている。
コルテスは一区画ずつ攻めた。
橋道から入り、建物を壊し、瓦礫で水路を埋め、次の区画に進む。進んだ分だけ、都が消える。
毎日同じことが繰り返された。
朝、進む。建物を壊す。水路を埋める。メシーカの戦士が屋根から石を落とし、角から槍を突き出し、水路から舟で突っ込んでくる。それを排除する。日が暮れたら引く。
翌朝、また進む。
クアウテモクは退かなかった。
一区画取られれば、次の区画に壁を作った。水路を掘り直した。壊された建物の石を積み直して、新しい壁にした。
壁の向こうから矢が来た。石が来た。罵声が来た。
罵声はナワトルだ。全部聞こえた。
「裏切り者」と叫んでいる。
わたしに向かって叫んでいる。
メシーカの言葉を話す女が、メシーカを滅ぼす側にいる。壁の向こうの人間は、それを知っている。
わたしは聞こえないふりをした。
聞こえている。全部聞こえている。
五十日目。
都の三分の二が瓦礫になった。
残った三分の一に、人が詰まっている。戦える者。戦えない者。出ものの痕が顔に残っている者。子を抱いた者。
食い物はない。水は塩辛い。死んだ者を片づける場所がない。
それでもクアウテモクは降りなかった。
コルテスが使いを出した。降伏を勧めた。
わたしが言葉を持たせた。
「これ以上戦っても民が死ぬだけだ。王の身は保証する。都を明け渡せ」
答えが返ってきた。
「死ぬなら戦って死ぬ」
七十日目。
市場があった場所に立った。
トラテロルコの大市場だ。入城した日に通った場所だ。あの日は人で埋まっていた。声と匂いと色であふれていた。
今、石の台が崩れている。柱が折れている。地面に黒い染みが広がっている。
匂いだけが残っていた。
七十五日目。
八月十三日。
舟が一艘、湖の端から出ようとしているのが見つかった。
コルテスの舟が追った。追いついた。
舟の中に、若い男がいた。
クアウテモクだった。
引き上げられて、コルテスの前に立たされた。
わたしはその間に立った。
コルテスの半歩後ろ、アギラールの半歩前。いつもの位置だ。
クアウテモクはコルテスを見た。
それからわたしを見た。
モクテスマと同じだ。この人もわたしを見る。言葉が通る道を見ている。
だがモクテスマの目とは違った。
モクテスマの目は探していた。クアウテモクの目は、探していなかった。もう何も探していない目だった。
クアウテモクが言った。
「わたしは戦うだけ戦った。好きにしろ。腰の刃を取って、わたしを殺せ」
わたしはそれをマヤに変えた。アギラールがスペイン語に変えた。
変えながら、声が震えなかったかと聞かれたら、震えなかったと答える。
震えなかった。
ただ、変え終わった後に、息を吸うのを忘れていたことに気がついた。
コルテスは殺さなかった。
「勇敢な者は殺さない」と言った。
嘘だ。この男は勇敢な者を何人も殺してきた。だが今日は殺さなかった。使い道があるからだ。
クアウテモクは生かされた。
都は終わった。
テノチティトランは終わった。
白い壁は瓦礫になった。神殿の段は崩された。水路は埋められた。市場は消えた。
わたしが見た都は、もうない。
入城の日、山を越えた時に見えたものを覚えている。谷の底に水があって、水の上に白い壁が広がっていた。
今、谷の底に水がある。水の上に瓦礫が広がっている。
わたしの生まれた世界で一番大きなものが、消えた。
薪を渡した。火がついた。燃え尽きた。
——わたしは間に立っていた。
コルテスとモクテスマの間に。コルテスとトラスカラの間に。コルテスとクアウテモクの間に。
ずっと間に立っていた。
間に立つ人間には、名前がつく。マリナリ。マリーナ。マリンツィン。マリンチェ。
四つの名前を持つ女が、一つの都を渡した。
渡したのか。
渡したのだろうか。
わたしは言葉を変えただけだ。コルテスの言葉をナワトルに変え、ナワトルの言葉をマヤに変えた。
それだけだ。
——それだけだと、まだ思えるだろうか。
思えない。
もう思えない。




