第十六話 モクテスマ
使いが来た。
浜に天幕を張って待っていたら、翌朝、内陸のほうから行列が現れた。
多い。百人はいる。担いでいる。何かを担いでいる。
先頭の男は背が高く、額に大きな翡翠の飾りをつけていた。後ろに従者を二十人ほど連れている。
この男の名はテウティレ。
後で知った。今の時点では、知らない男だ。
テウティレはコルテスの前に立つと、地面に手をつき、その手で自分の唇に触れた。
わたしは知っている。この挨拶を知っている。
これはメシーカの挨拶だ。大きな国の、高い身分の者がやる礼だ。わたしが生まれた土地でも、遠くの都から来た役人がこれをやるのを見たことがある。
テウティレが話し始めた。
ナワトルだ。整った、美しいナワトルだった。わたしがポトンチャンで使っていたものより、ずっと硬く、ずっと正確だ。宮廷の言葉だと、すぐに分かった。
わたしは大きな主の名を聞いた。
モクテスマ。
わたしの生まれた土地の人間なら誰でも知っている名だ。テノチティトランの主。メシーカの王。水の上に都を持つ男。
わたしが売られた土地の人間は、この名を知らない。マヤにとってメシーカは遠い国だ。
テウティレの言葉は長かった。
モクテスマがこの浜に来た白い肌の者たちに興味を持っていること。贈り物を持ってきたこと。だが都には来るな、ということ。
来るな、の部分が丁寧すぎて、来るなに聞こえない。ナワトルの宮廷語は、断る時に柔らかくする。柔らかくしすぎて、意味が曲がる。
わたしはそれをマヤに変えた。
変える時に、一つ迷った。
「来るな」を、そのまま伝えるか。
宮廷語のまま柔らかく伝えれば、アギラールは「来るな」を聞き取れない。コルテスには「歓迎されている」と届く。
そのまま伝えれば、「来るな」が届く。
わたしはそのまま伝えた。
「贈り物を持ってきた。だが、都には来るなと言っている」
アギラールがそれを白い肌の言葉に変えた。
コルテスの顔を見た。
来るな、が届いた。
この男は笑った。
来るなと言われて、笑った。
その笑いを見て、わたしは一つ学んだ。
この男は、断られたほうが燃える。
コルテスが答えた。長い。アギラールがマヤに変えた。
——遅い。
アギラールの変え方は遅い。白い肌の言葉をマヤにする時に、間が空く。言い淀む。言い直す。
だが、この遅さが、わたしには都合がよかった。
アギラールが言い淀んでいる間、わたしには考える時間がある。
マヤの音が来る前に、コルテスの顔を見る。声の調子を聞く。長く喋ったか。短く切ったか。笑ったか。怒ったか。
マヤの音が来た時には、もう下ごしらえが終わっている。
わたしはそれをナワトルに変えた。テウティレに伝えた。
テウティレの顔を見た。
届いている。
——これが、二段だ。
コルテスの言葉がアギラールを通ってマヤになり、マヤがわたしを通ってナワトルになる。戻りも同じ道を通る。
遅い。二人の口を通るから、直接話す三倍はかかる。アギラールが言い淀めば、もっとかかる。
だが、遅いからこそ、わたしには間がある。
間があるから、選べる。
どの語を使うか。どの順で並べるか。どこを柔らかくして、どこを硬くするか。
テウティレが言った言葉を、そのまま渡すこともできる。少し形を変えて渡すこともできる。
わたしはまだ、そのまま渡している。
だが、形を変えられることは、分かった。
贈り物が運び込まれた。
金の円盤。車輪ほどの大きさがある。太陽を象ったもの。それから銀の円盤。こちらは月だ。
鳥の羽で織った布。翡翠の首飾り。黒曜石の鏡。
白い肌の連中の目が変わった。
金を見た時に、目が変わるのはどこの人間も同じだ。だが、この連中の変わり方は少し違った。
飢えている。
物を見て飢える顔というものを、わたしは知っている。ポトンチャンの市場で、買えない物を見ている子供がする顔だ。
大人が、あの顔をしている。
コルテスだけが別だった。
この男も金を見ていた。だが飢えた目ではなかった。数えている目だった。量っている。重さと、数と、それがどこから来たかを。
この男が見ていたのは、金ではない。
金の出どころだ。
「もっとあるのか」
コルテスがアギラールに言った。アギラールがわたしに言った。
わたしはテウティレに言った。
「あなたの主の都には、これがもっとあるか」
テウティレの答えは短かった。
「ある」
わたしはそれをマヤに変えた。
変えながら、考えていた。
今、わたしは正確に伝えた。テウティレは「ある」と言った。わたしは「ある」と伝えた。
だが「ある」の一語が、この浜の空気を変えた。
白い肌の連中の目が、さらに変わった。
——わたしはまだ、何も変えていない。
そのまま渡しているだけだ。
それなのに、言葉が通るだけで何かが動き始めている。
言葉は、運ぶものではなかった。
言葉は、火だった。
つけたら燃える。渡した先で、勝手に燃える。わたしが火をつけたのではない。わたしは薪を運んだだけだ。
だが薪がなければ、火はつかなかった。
テウティレの行列が帰っていった。
わたしは天幕の隅に座った。
アギラールが近くに座っていた。
「お前は、どこであの言葉を覚えた」
マヤで聞いてきた。
「生まれた時から持っている」
マヤで答えた。
アギラールは黙った。少し考えてから言った。
「お前がいなければ、俺は役に立たなくなっていた」
分かっている。
分かっているが、そうは言わなかった。
「あなたがいなければ、わたしも役に立たない」
嘘ではない。わたしは白い肌の言葉を持っていない。アギラールがいなければ、わたしの言葉はコルテスに届かない。
二人でなければ、届かない。
アギラールはうなずいた。
それだけだった。
この人は余計なことを言わない。わたしも言わない。似ている、とは思わなかった。似ているかどうかは、まだ分からない。
夜、天幕の中で目を開けていた。
隣で誰かが寝息を立てている。波の音がしている。
「ある」。
あの一語を、わたしは正確に運んだ。
運んだ先で、何が起きるか。
金がある。もっとある。都にある。
白い肌の連中は、それを取りに行く。
取りに行った先に何があるかは、わたしが生まれた土地の人間なら知っている。モクテスマの兵がいる。市場がある。橋がある。水路がある。人が数えきれないほどいる。
あの連中が、そこに勝てるとは思わない。
だが、言葉はもう渡してしまった。
わたしは火をつけたのではない。薪を渡しただけだ。
——薪を渡した人間は、火事の始末をしなくていいのだろうか。
分からなかった。
分からないまま、目を閉じた。




