第十二話 潮が変わる
翌朝、海を見に行った。
浜に立って、東を見た。
何もない。
帆はない。アギラールの船は夜のうちに出たのだろう。コスメル島に戻って、そこからコルテスの船団に合流する。合流したら、西へ向かう。
この海岸線に沿って、西へ。
そこに何があるか、俺は知らない。だがコルテスは知っているのだろう。グリハルバが持ち帰った報せを読んで、十一隻を仕立てて来たのだから。
金だ。
金がある所へ行く。行って、見つけて、取る。エスパニョーラ島でやったことを、もっと大きくやる。
あの手紙には「囚われているキリスト教徒」と書いてあった。アギラールが読んでくれた。
囚われている。
俺は囚われていたか。
檻にはいた。鎖はなかった。鎖はなかったが、縛られてはいた。荷を運ばされた。殴られた。生贄にされかけた。
だが今、俺は浜に立っている。
棍棒は家に置いてきた。誰も俺を縛っていない。鎖はない。檻もない。
コロンは鎖を外さなかった。俺は鎖を持っていない。
外すものがない人間は、自由なのか。分からない。分からないが、少なくとも、ここにいることを俺は選んだ。選んだのだから、ここにいる。
波が来ている。
潮が変わり始めている。引いていたものが、満ちてくる。
昔、パロスの爺さんに聞いたことがある。潮はなぜ動く。月が引っ張るのだと爺さんは言った。本当かどうかは知らない。だが月が出ると潮が変わるのは、何度も見た。
今、潮が変わっている。
あの十一隻が何を連れてくるか、俺には見当がつく。
エスパニョーラ島で村が消えた話を、俺は飯を食いながら聞いた。病んで死ぬ。理由は分からない。分からないまま、消える。
あの船に乗っている連中は、金を探しに行く。だが金の他にも連れていくものがある。連れていくつもりはなくても、連れていく。
そのことを言葉にする方法を、俺は持っていない。
持っていないから、黙っている。
——俺は結局、黙る男のままだ。
口を開いたのは、潮が読めた時と、帰れないと言った時だけだ。どちらも、自分のためだった。
この先に来るものを、俺は止められない。
十一隻を追い返しても、次は二十隻で来る。二十隻を沈めても、次は五十隻で来る。
この海は、もう変わった。
俺が乗ってきた船が最初の一滴で、その一滴が、こちら側の岸を少しずつ削っている。コロンが始めて、ニクエサが続けて、コルドバが来て、グリハルバが来て、コルテスが来た。
潮だ。
人の手では止められない潮が、もう動いている。
俺にできることは一つしかない。
ここにいることだ。
ここにいて、この浜を守って、来た奴を追い返す。一隻ずつ、一人ずつ。それしかできない。
それで足りるかは、分からない。
足りなくても、ここにいる。
後ろで声がした。
振り返ると、サシル・ハーが上の子の手を引いて歩いてきた。下の子を抱いている。
上の子が俺を見て、走ってきた。
脚にしがみついた。
「海を見ているのか」とサシル・ハーが言った。
見ていた、と答えた。
「何かいたか」
何もいない、と答えた。
嘘だ。十一隻の行く先が見えている。だが、この女に言っても仕方のないことだ。言っても仕方のないことは言わない。それが俺のやり方だ。
子を抱き上げた。
軽い。だが前より重い。育っている。
この子の顔を見た。
どちらでもない顔が、笑っている。
俺は何も渡さなかった。
アギラールに、ついて行かなかった。コルテスに、自分の知識を渡さなかった。この土地の道も、水のある場所も、人がどこに住んでいるかも、何一つ渡さなかった。
渡していたら、あの十一隻はもっと速く動けた。
渡さなかった。
それが俺にできた、たった一つのことだ。
潮は満ちてくる。波が足元に届いた。冷たい。
子が声を上げた。水が冷たかったのだろう。
サシル・ハーが笑った。
俺も笑った。
——波は、もう少しで、ここまで来る。




