第十話 帆
子が歩き始めた頃、南の海岸から報せが来た。
白い布の張った、大きな舟が来ている。
白い布。大きな舟。
帆だ。
俺は知っている。この海で帆を使う連中は一つしかいない。
使いの男は続けた。舟は三隻。白い肌の人間が乗っている。鉄の服を着ている。棒を持っている。棒が煙を吐いて、煙が人を殺す。
銃だ。
ナチャン・カンの部屋に、人が集まった。俺もいた。ナコムだから、いる。
報せはもう少し細かかった。白い肌の連中は、最初、岬のあたりで降りてきた。水を探していた。迎えた村の人間と何か話そうとして、通じなくて、物を置いて帰った。
その後、南へ下った。
チャンポトンで降りた。また水を探した。今度は、畑を荒らした。
チャンポトンの連中が怒った。
戦になった。白い肌の連中は棒を使った。煙が出て、何人か死んだ。だが数が少ない。百人もいない。チャンポトンの戦士が押し返して、浜まで追い落とした。
白い肌の連中は舟に逃げた。
だがまだ、海の上にいる。
ナチャン・カンが俺を見た。
この目は知っている。聞いている目だ。お前はどう思う、と聞いている。
部屋の中の全員が、俺を見ていた。
——分かっている。
あれが何者か、俺だけが知っている。
どこから来て、何を探していて、何隻の船がまだ後ろにいるか。水を探しているのは長い航海の後だからで、畑を荒らしたのは食い物が尽きているからで、百人しかいないのは最初の偵察だからだ。
この百人で終わらない。次が来る。もっと来る。
エスパニョーラ島で何が起きたか、俺は知っている。
村が丸ごと消えた話を、飯を食いながら聞いた。
俺は口を開いた。
「追い払うだけではだめだ」
声が、自分のものではないように聞こえた。
「あれは水を探しに来ている。水がある場所を知られたら、また来る。来るたびに増える。一度根を下ろしたら抜けない」
ナチャン・カンが聞いている。
「浜に降ろすな。降りる前に、舟ごと沈めろ。降りてきたら、一人も帰すな。帰した奴が道を覚える。覚えた道を、次の百人が来る」
一人も帰すな。
俺は、自分が何を言ったのか分かっていた。
あの船に乗っているのは、パロスかセビーリャかカディスか、どこかの港から出てきた男たちだ。俺と同じように、戦が終わって食い詰めて、西に来た連中だ。
同じ言葉を喋っている。同じ神様に祈っている。同じ乾パンを叩いて虫を落としている。
その連中を、一人も帰すな、と俺は言った。
ナチャン・カンはうなずいた。
翌日、使いが出た。南の町々に、同じ言葉が伝えられた。
浜に降ろすな。降りてきたら帰すな。
俺の言葉だ。
俺の言葉が、俺の知らない男たちを殺しに行く。
——その夜、眠れなかった。
サシル・ハーが隣で寝ている。子が小さい寝息を立てている。
俺は天井を見ていた。
天井は木と葉で組んである。パロスの家は石だった。天井に石灰を塗って、白かった。
白い天井の下で、母親が飯を作っていた。芋と、豆と、干した鱈。
名前を忘れかけている。
母親の名前だ。
覚えている。まだ覚えている。だが、呼ばなくなった名前は、角が丸くなる。いつか形がなくなる。
俺は寝返りを打った。子の顔が見えた。
どちらでもない顔だ。
この顔を、パロスに連れて帰ったら、何になる。母親の孫と呼ばれるか。呼ばれない。教会で洗礼を受けられるか。受けられない。
この子が生きていける場所は、ここしかない。
だから、ここを守る。
守るというのは、つまり、あの船を沈めるということだ。
——朝が来た。
戦の仕度をした。顔に黒を塗った。
サシル・ハーが子を抱いて見ていた。何も言わなかった。
この女は、言うべきことがない時に喋らない。だから信用できる。
チェトゥマルから南へ、舟で下った。
報せでは、白い帆の船はまだこの海域にいる。水を求めて、入江を探している。
見えた。
帆が見えた。
白い。風を受けて膨らんでいる。舷の形。船尾の旗。キャラベルだ。
俺はこの船を知っている。
パロスの港で何十隻も見た。乗った。降りた。帆を直した。板を換えた。
今、その船に向かって舟を漕いでいる。棍棒を持って。
不思議と、手は震えなかった。
戦のことは、短く書く。
入江に誘い込んだ。水がある、と岸から合図を出した。合図の仕方は俺が教えた。あいつらが何を求めているか、俺は知っているからだ。
小舟で降りてきた。
浜に足をつけた瞬間に、森から矢が来た。
俺は森にいた。
矢が飛んでいくのを見ていた。当たるのを見ていた。
鉄の服が、矢を弾いた。何本かは弾いた。だが首と脚は鉄ではない。そこに当たった奴が倒れた。
煙の棒が吠えた。
音は知っている。だが、こちら側で聞くのは初めてだ。隣にいた男が倒れた。胸に穴が開いていた。
すぐに終わった。
白い肌の連中は小舟に戻った。必死で漕いでいる。何人かは、戻れなかった。
浜に残った男の顔を見た。
若い。二十歳になっていない。赤毛だ。目は開いている。
パロスにいそうな顔だった。
俺はその顔から目を逸らさなかった。逸らしてはいけない気がした。
——この話は、これで終わりだ。
帆は去った。三隻とも去った。
帰りの舟で、誰かが歌っていた。勝ったからだ。
俺は歌わなかった。
勝った。それは間違いない。
だが、次が来る。
俺がそう言ったのだ。次が来る、と。来るたびに増える、と。
あの言葉は、俺自身に向かって言った言葉でもあった。
帰すな。帰した奴が道を覚える。覚えた道を、次の百人が来る。
次の百人は、もう出ているかもしれない。




