8 映画
一九八一年、初夏。
午後七時。
小野田レイのクソ汚いアパート。
部屋の中は相変わらず酷かった。
床には原稿。
カップ麺。
雑誌。
コンビニ袋。
灰皿。
脱ぎっぱなしのジーンズ。
そして。
なぜか壁には自分の記事ページが貼ってあった。
「ふっふっふ……」
レイはその切り抜きを見ながらニヤついていた。
『新世代オカルト作家現る!』
『赤窓病院シリーズ大反響!』
「のだっ♡」
完全に調子に乗っていた。
すると。
部屋の隅から白衣の女幽霊が現れた。
「…………」
「のだぁ!」
レイは驚いた。
だが以前ほど絶叫しない。
人間、慣れるのである。
「お主、最近出現が自然になってきたのだぁ……」
「……練習した……」
「偉いのだっ♡」
レイは妙に偉そうだった。
女幽霊は少し呆れていた。
なぜ自分が幽霊マナー講習を受けているのか。
だが。
レイは今日は妙に機嫌が良かった。
「うむっ♡今日は特別なのだっ♡」
「…………?」
「感謝祭なのだぁ!」
レイは机の下からビニール袋を取り出した。
中には。
VHSビデオテープ。
「…………」
女幽霊は首を傾げた。
「……なにそれ……?」
「映画なのだっ♡」
レイは得意げだった。
「海外の有名ホラー映画なのだぁ!」
「…………」
「お主、ずっと病院いたから娯楽知らないだろなのだぁ!」
女幽霊は少し考えた。
「……映画館……昔はあった……」
「のだぁ?」
「……行ったこと……ないけど……」
レイは一瞬黙った。
なんか。
ちょっと切なかった。
なので。
「うむ!!今日は上映会なのだぁ!!」
誤魔化すように大声を出した。
「吾輩がレンタルしてきたのだっ♡」
実際。
レイは駅前のレンタルビデオ屋で、女幽霊が好きそうな映画を真面目に選んできていたのである。
なお基準は完全に適当。
「“シャイニング”!」
「…………」
「“エクソシスト”!」
「…………」
「あと“サスペリア”なのだっ♡」
「……全部怖そう……」
「ホラー好きそうだからなのだぁ!」
「…………」
女幽霊はなんとも言えない顔をした。
レイはブラウン管テレビの前にVHSデッキを設置する。
「ふっふっふ……文明の力なのだっ♡」
ガチャガチャやっていた。
なお配線を間違えた。
「のだぁ!?」
画面が砂嵐になる。
「壊れたのだぁ!?」
「……線……逆……」
「のだ?」
女幽霊に指摘され、レイは直した。
映った。
「おおお!!」
レイは感動していた。
文明レベルが低かった。
やがて。
部屋の電気を消す。
狭い六畳間。
ブラウン管だけが光る。
女幽霊は少し離れた場所に座っていた。
正座だった。
「のだっ♡映画館っぽいのだっ♡」
レイはコンビニで買ったポテトチップスを開けた。
「食うのだぁ?」
「……食べれない……」
「不便なのだぁ……」
上映開始。
映画の不穏な音楽が流れる。
ホテル。
血。
狂気。
「のだぁ……海外って怖いのだぁ……」
レイは普通にビビっていた。
借りてきた本人である。
一方。
女幽霊はじっと画面を見ていた。
「…………」
「のだぁ?」
「……すごい……」
ポツリと呟く。
「……こんなの……初めて見た……」
レイは少しだけ嬉しそうだった。
「うむっ♡」
「……動いてる……」
「映画だからなのだぁ!」
「……綺麗……」
ブラウン管の光が、女幽霊の白い顔をぼんやり照らしていた。
レイはその横顔を見て、なんか妙な気分になった。
怖い。
でも。
もう“怪物”ではない。
なんか。
普通に映画見てる。
「…………」
その時。
映画の中で突然大音量。
ドンッ!!
「のだぁあああ!!」
レイが飛び上がった。
ポテチをぶちまける。
「び、びっくりしたのだぁ!!」
「…………」
女幽霊は少し笑っていた。
「……怖がってる……」
「うるさいのだぁ!!」
「……ホラー苦手……?」
「吾輩はリアル幽霊被害者なのだぁ!!」
レイは逆ギレした。
「耐性がないのだぁ!!」
「…………」
女幽霊は静かに笑っていた。
レイはちょっとムカついた。
「お主だってホラー側なのだぁ!!」
「……見るのは違う……」
「ずるいのだぁ!」
やがて映画が終わる。
部屋には静かな余韻。
ブラウン管のノイズ音だけ。
「……面白かった……」
女幽霊が小さく呟いた。
「のだっ♡」
レイはドヤ顔だった。
「吾輩、センスあるのだっ♡」
「……ありがとう……」
「のだぁ?」
レイは少し目を丸くした。
女幽霊は微かに笑っていた。
「……初めてだった……」
「…………」
「……誰かと一緒に映画見るの……」
レイは急に視線を逸らした。
「……のだ」
なんか。
妙に気まずい。
なので。
誤魔化した。
「うむっ♡当然なのだっ♡」
レイはポテチをバリバリ食べながら胸を張る。
「吾輩は超一流接待人なのだっ♡」
「…………」
「困ったのだぁ♡モテ男すぎるのだぁ♡」
「……うるさい……」
女幽霊は少し笑った。
そして。
その夜。
レイは調子に乗って二本目を再生した。
なお。
深夜二時頃。
ホラー映画を見すぎて普通に怖くなったレイが、布団の中で震えながらこう呟いていたのは言うまでもない。
「……のだぁ……トイレ行きたいのだぁ……」
「…………」
「ついて来るのだぁ……」
女幽霊は静かに呆れていた。




