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ビビリなのに幽霊が寄ってくるんだが!?〜昭和オカルト作家・小野田レイの怪異取材録〜  作者: 雪だるま


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4/41

4

 一九八〇年。


 午前十時四十七分。


 地方都市の外れ。


 築年数不明。


 壁は薄く、冬は寒く、夏は暑い。


 トイレ共同。


 風呂なし。


 廊下を歩くだけで床がギシギシ鳴る。


 そんな昭和のクソ汚い木造アパート――“寿ハイツ”の二階で、小野田レイは寝ていた。


「ぐごぉ〜〜〜……のだぁ……」


 口を開けていた。


 布団は半分落ちていた。


 昨夜、幽霊と河川敷で話し込んだあと、レイはコンビニでカップ麺を買い、そのまま帰宅して即寝落ちしたのである。


 ちなみに。


 部屋は地獄みたいに汚かった。


 床にはジャンプ。


 脱ぎっぱなしの靴下。


 食べ終わったカップ焼きそば。


 謎のプラモデル。


 雀荘のチラシ。


 そして。


 天井には穴が空いていた。


「……のだぁ……モテたいのだぁ……」


 寝言である。


 すると。


 すぅ…………


 部屋の隅。


 空気が揺れた。


 白い影。


 長い黒髪。


 白衣。


 あの女幽霊だった。


「…………」


 女は静かに部屋を見回した。


 汚かった。


 非常に汚かった。


 特に台所。


 シンクには三日前の皿が積まれている。


「…………」


 女幽霊は少し引いていた。


 そして。


 スゥ……とレイの近くへ浮かぶ。


 寝顔を見下ろした。


「…………」


 レイは熟睡していた。


 口元にはヨダレ。


 しかも時々「のだっ♡」と笑っている。


 たぶん夢の中でモテている。


 最低だった。


 女幽霊はしばらく無言で見ていた。


 本当に。


 しばらく。


 数十年ぶりだったのである。


 まともに会話した相手が。


 怖がるだけではなく、逃げるだけでもなく、途中から説教してきた変な男。


「…………」


 女幽霊は少しだけ首を傾げた。


 人間。


 こんなのだっただろうか。


 もっとこう。


 真面目で。


 恐怖に震えて。


 神妙な顔をするものでは。


 だがこの男。


 途中から「迷惑なのだぁ!」とキレ始めた。


 意味が分からない。


「…………」


 でも。


 嫌ではなかった。


 その時。


 レイが寝返りを打った。


「のだぁ……」


 ゴロン。


 そして。


 目を開けた。


「……んぁ……」


 寝ぼけていた。


 目の前が白かった。


「……のだ?」


 視界がぼやける。


 近い。


 めちゃくちゃ近い。


 女幽霊が、至近距離でこちらを見下ろしていた。


「…………」


「…………」


 数秒沈黙。


 レイの脳が覚醒した。


「のだぁああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 絶叫。


 人生最大だった。


 レイは反射的に後ろへ飛んだ。


 だが。


 部屋が狭すぎた。


 後頭部を壁に強打。


「のだっ!!」


 ゴッ!!


 そしてそのまま失神した。


「…………」


 女幽霊は固まった。


「…………」


 気まずかった。


 非常に。


 三分後。


 レイは目を覚ました。


「……のだぁ……?」


 天井。


 ボロい。


 頭痛い。


「……夢……?」


「……起きた……?」


「のだぁああああああああ!!!!」


 再絶叫。


 レイは布団を被った。


「いるのだぁ!!まだいるのだぁ!!」


「…………」


「帰れなのだぁ!!」


「……ごめんなさい……」


「謝るななのだぁ!!余計怖いのだぁ!!」


 布団の中でガタガタ震えるレイ。


 女幽霊は困っていた。


「……でも……」


「のだぁ?」


「……話し相手……いなかったから……」


「…………」


 レイは布団から少し顔を出した。


 女幽霊は俯いていた。


「……ずっと……病院にいた……」


「……のだ」


「……誰も……話してくれなかった……」


「…………」


 レイは黙った。


 弱い。


 こういう空気に弱い。


 同情すると負けな気がするのに、なんか放置もしづらい。


「……のだぁ」


 レイはモゾモゾ布団から出た。


「だからって朝っぱらから顔面ドアップはやめるのだぁ……」


「……ごめんなさい……」


「あと失神したのだぁ……吾輩、普通に死ぬかと思ったのだぁ……」


「…………」


 女幽霊はしょんぼりしていた。


 レイは頭を掻いた。


「……うむ。とりあえずなのだぁ」


「…………?」


「もっと遠くから出てくるのだぁ」


「……遠く……?」


「そうなのだぁ!!徐々に慣らせなのだぁ!!」


 レイは力説した。


「いきなり顔はダメなのだぁ!!段階というものがあるのだぁ!!」


「…………」


「まず玄関からなのだぁ!!」


「……うん……」


「次に部屋の隅なのだぁ!!」


「……うん……」


「最後にちょっと近づくのだぁ!!」


「……分かった……」


「教育完了なのだっ♡」


 何を教えているのか分からなかった。


 その後。


 レイは台所へ向かった。


 寝癖ボサボサ。


 シャツはヨレヨレ。


「……腹減ったのだぁ」


 棚を開ける。


 カップ麺しかない。


「うむ!朝食なのだっ♡」


 お湯を沸かし始める。


 女幽霊は少し後ろから見ていた。


「…………」


「のだぁ?食べるのだぁ?」


「……食べれない……」


「不便なのだぁ……」


 レイはズルズル麺を食べ始めた。


「うむ!うまいのだっ♡」


「…………」


「のだぁ?」


「……それ……毎日……?」


「うむ!」


「…………」


 女幽霊は引いていた。


「……栄養……」


「昭和の大学生はだいたいこんなものなのだぁ!」


 実際かなり酷かった。


 レイはコーラを飲みながら新聞を見る。


「のだぁ……単位めんどいのだぁ……」


「…………」


「あとバイトもクビになりそうなのだぁ……」


「…………」


「でもモテたいのだぁ」


「…………」


 女幽霊は少しだけ笑った。


 レイはその笑顔を見て、なんか変な顔になった。


「……のだ」


 怖い。


 でも。


 昨日ほどではない。


 慣れてきてしまっている。


 人間の適応力は恐ろしい。


 すると。


 アパートの壁の向こうから怒鳴り声がした。


「小野田ぁ!!朝からうるせぇぞ!!」


 隣人だった。


「昨日も夜中ギャーギャー騒ぎやがって!!」


「のだぁ!?すまんのだぁ!!」


 レイは慌てて謝る。


 女幽霊は少し驚いていた。


「……怒られてる……」


「うむ。世の中厳しいのだぁ……」


 レイはしょんぼりした。


 女幽霊はその姿を見て、また少し笑った。


 その日から。


 クソ汚いアパートには、毎晩白衣の女幽霊が現れるようになった。


 なお。


 レイは毎回叫んで失神しかけていた。

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