3 レイの説教
深夜二時。
地方都市の外れ。
人気のない河川敷。
街灯は薄暗く、川風だけが冷たく吹いていた。
そして。
「のだぁ!!いい加減にするのだぁああ!!」
小野田レイは泣きそうな顔でブチ切れていた。
相手は。
白衣の女幽霊である。
「生きてる人間に迷惑かけるなんて最低なのだぁああ!!吾輩が漏らしてもいいって言うのだぁああ!?この人でなしめぇえええ!!」
両手を腰に当てながら怒鳴っていた。
完全に逆ギレだった。
なお。
十分前までレイは全力で逃げていた。
居酒屋で窓の外に白衣の女を見つけた瞬間、レイは半泣きで店を飛び出し、そのまま自転車置き場を突っ切り、犬に吠えられ、転び、最終的に河川敷まで逃走したのである。
だが。
どれだけ逃げても。
白衣の女は後ろにいた。
ゆっくり。
静かに。
スゥ……と浮かびながら追ってくる。
「のだぁああ!!なんで追ってくるのだぁああ!!」
レイは最初こそ発狂していた。
だが。
人間、不思議なもので。
一時間近く追われ続けると、逆に変な方向へ慣れてくる。
「……のだ」
疲れたのである。
肉体的にも精神的にも。
そして。
恐怖が限界を超えると、人間はたまにキレる。
「うむ!!もういいのだぁ!!」
レイは突然振り返った。
「追いかけ回すななのだぁ!!」
白衣の女は止まった。
黒髪が風に揺れる。
顔色は死人のように白い。
普通なら失神する光景である。
だが現在のレイは半分ヤケクソだった。
「吾輩、何か悪いことしたのだぁ!?」
した。
不法侵入した。
窓も蹴破った。
だがレイの脳内では完全に被害者だった。
「吾輩ただ肝試ししただけなのだぁ!!普通、お化け側も空気読むのだぁ!!」
白衣の女は無言だった。
「なんで本当に出てくるのだぁ!!あれは“キャー怖い♡”って言って終わるイベントなのだぁ!!昭和の青春なのだぁ!!」
女はじっと見ていた。
レイはさらに怒った。
「お主のせいで吾輩、居酒屋で恥かいたのだぁ!!女の子全員引いてたのだぁ!!責任取るのだぁ!!」
最低だった。
河川敷に沈黙が流れる。
遠くで電車が走る音。
白衣の女はゆっくり首を傾げた。
「…………」
「のだぁ?なんなのだぁ?」
すると。
女が初めて口を開いた。
「……あなたが……」
声は妙に小さかった。
「……窓……壊した……」
「のだぁ?」
「二階の窓……」
「…………」
レイは目を逸らした。
「……うむ」
「……痛かった……」
「のだぁ!?」
レイは困惑した。
「幽霊も痛いのだぁ!?」
女はコクリと頷いた。
「…………」
レイは急に気まずくなった。
「……うむ。そこは悪かったのだぁ」
素直だった。
意外とこういうところはある。
「でもなのだぁ!!だからって追い回すのはやりすぎなのだぁ!!」
レイはまたキレ始めた。
「吾輩、さっきから寿命縮みまくりなのだぁ!!」
「…………」
「あとぉ!耳元で“かえして”とか言うのやめるのだぁ!!昭和ホラーすぎるのだぁ!!」
「…………」
「怖いのだぁ!!」
白衣の女は少し考えるように黙った。
そして。
「……ごめんなさい……」
「のだぁ?」
レイは目を丸くした。
謝られると思ってなかった。
「……驚かせるつもり……なかった……」
「の、のだぁ……」
急に空気が変わった。
レイは戸惑った。
さっきまで“化け物”だった相手が、急に普通に会話している。
なんかもう調子が狂う。
「……お主、意外と普通なのだぁ?」
「…………」
「もっと“ウラメシヤ〜〜”とかやるタイプかと思ったのだぁ」
「……やったことない……」
「のだっ♡」
少し安心したレイは、河川敷に座り込んだ。
「疲れたのだぁ……」
女幽霊も少し離れた場所に立っていた。
妙な構図だった。
深夜。
河川敷。
馬鹿大学生と幽霊。
レイはコンビニで買ったまま放置していた缶コーラを取り出した。
「飲むのだぁ?」
「…………」
「……あ。幽霊だから無理なのだぁ?」
女は少しだけ悲しそうな顔をした。
「……たぶん」
「のだぁ……」
レイはなんとなく気まずくなった。
なので。
話題を変えた。
「……お主、なんであの病院にいるのだぁ?」
女は少し沈黙した。
風が吹く。
「……忘れた……」
「のだぁ?」
「長すぎて……もう……覚えてない……」
レイは黙った。
酔いが少し冷めてきていた。
なんか。
思ったより悲しい。
だが。
レイは深刻な空気に耐えられない男だった。
「うむ!!つまり暇なのだぁ!!」
「…………?」
「お主、暇だから人間脅かして遊んでるのだぁ!!」
「…………」
「最低なのだぁ!!」
白衣の女は微妙な顔をした。
たぶん違う。
だがレイは止まらない。
「よいかぁ!生きてる人間は忙しいのだぁ!!大学行ってぇ!麻雀してぇ!女の子口説いてぇ!ラーメン食べてぇ!」
「…………」
「なのにお主は急に出てきて“かえして……”なのだぁ!!曖昧すぎるのだぁ!!何返すのだぁ!!」
女は少し考えた。
「……たぶん……青春……」
「のだぁ?」
「……若いまま……死んだから……」
「…………」
レイは固まった。
空気が重かった。
河川敷に沈黙。
数秒後。
「のだぁ……」
レイは頭を掻いた。
「……それはまぁ……ちょっと可哀想なのだぁ」
白衣の女は驚いたように目を瞬かせた。
「……怖がらないの……?」
「いや怖いのだぁ!!めちゃくちゃ怖いのだぁ!!」
レイは即答した。
「でもぉ……なんか思ったより普通なのだぁ……」
女は静かにレイを見ていた。
レイはコーラを飲む。
「……うむ。とりあえずなのだぁ」
「…………?」
「もう吾輩を追い回すのやめるのだぁ。心臓に悪いのだぁ」
「……うん……」
「あと居酒屋には来るななのだぁ!!モテなくなるのだぁ!!」
「…………」
女は少しだけ。
本当に少しだけ。
笑ったように見えた。
その瞬間。
川風が強く吹く。
白衣が揺れ。
女の姿が少し薄くなった。
「のだぁ?」
「……もう……朝だから……」
「幽霊って朝帰るのだぁ?」
「……たぶん……」
曖昧だった。
適当な幽霊である。
レイは立ち上がった。
「うむ!じゃあ解散なのだぁ!」
「…………」
「次会う時は脅かすななのだぁ!!」
「……考える……」
「考えるななのだぁ!!」
レイの悲鳴が河川敷に響いた。




