5 出版社
一九八〇年、冬。
昭和の空気はまだ濃かった。
駅前には煙草屋。
喫茶店。
赤電話。
レンタルビデオ屋。
そして。
どこもかしこも“オカルトブーム”だった。
ノストラダムス。
超能力。
UFO。
心霊写真。
宜保愛子的な霊能特集。
テレビでは毎週のように「あなたの知らない世界」みたいな番組が流れている。
つまり。
小野田レイにとっては、完全に商機だった。
「のだっ♡時代が吾輩を求めてるのだっ♡」
レイは汚いアパートで仁王立ちしていた。
片手には大学ノート。
もう片手にはボールペン。
そして。
部屋の隅には白衣の女幽霊。
「……なにしてるの……?」
「決まってるのだぁ!」
レイはドヤ顔だった。
「出版なのだっ♡」
「…………」
「吾輩、お金持ちになるのだぁ!」
女幽霊は嫌な予感しかしなかった。
実際、その予感は正しい。
なぜならレイは現在、“幽霊から直接聞いた怪談”をメモしていたからである。
「うむうむ……“深夜の手術室で足音が聞こえる”……これは採用なのだぁ」
「…………」
「“三階の女子トイレで首が回る患者”……強いのだぁ!」
「…………」
「“地下の霊安室で歌声”……昭和ホラー感あるのだぁ!」
レイはめちゃくちゃ楽しそうだった。
女幽霊は段々不安になってきた。
「……あの……」
「のだぁ?」
「……それ……人間に見せるの……?」
「当たり前なのだっ♡」
レイは即答した。
「商売なのだっ♡」
最低だった。
「でもぉ!」
レイはボールペンを振り回した。
「これは大発見なのだぁ!!本物のお化け監修ホラーなのだぁ!!」
「…………」
「偽物どもとは格が違うのだぁ!!」
女幽霊は黙った。
なんか。
思っていた“霊との交流”と違う。
もっとこう。
供養とか。
涙とか。
成仏とか。
そういう方向では。
だが目の前の男。
完全に金儲けを考えていた。
「のだっ♡タイトルはぁ……」
レイは考え込む。
「『赤窓病院・恐怖の実録』……いや弱いのだぁ……」
「…………」
「『本当に出たのだぁ!!』」
「…………」
「売れそうなのだっ♡」
女幽霊はちょっと引いていた。
数日後。
レイは原稿を抱えて出版社へ向かった。
都内。
小さなオカルト雑誌出版社。
雑居ビル三階。
編集部は煙草臭かった。
「失礼するのだぁ!」
ドアを開けた瞬間。
「……誰?」
編集者たちが顔を上げた。
そこにいたのは。
安っぽい革ジャン。
妙に自信満々な大学生。
そして。
背後に白衣の女幽霊。
なお。
編集者たちには見えていない。
「吾輩、小野田レイと申す者なのだっ♡」
「アポある?」
「ないのだっ♡」
「帰って」
「待つのだぁ!!」
レイは机に原稿を叩きつけた。
「これは時代を変えるホラーなのだぁ!!」
「また持ち込みかぁ……」
編集者のおっさんは露骨に面倒そうだった。
当時、オカルトブームで持ち込みは山ほど来ていたのである。
「大学生の怪談体験記?またそういうやつ?」
「違うのだぁ!!」
レイはビシィッ!!と指を立てた。
「これは本物なのだっ♡」
「はいはい」
「本当に幽霊から聞いたのだぁ!!」
編集部。
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
「……帰ってくれる?」
「のだぁあああ!!」
レイは机にしがみついた。
「本当なのだぁ!!」
「君ねぇ」
編集者は煙草を吸いながら呆れていた。
「そういう設定の売り込みはみんなやるの」
「設定じゃないのだぁ!!」
レイは振り返った。
「証言しろなのだぁ!!」
白衣の女幽霊は困惑していた。
「……え?」
「お主、本物なのだぁ!って言うのだぁ!!」
「……聞こえない……」
「のだぁ!?」
レイは固まった。
編集者は完全に変人を見る目だった。
「……君、薬とかやってない?」
「やってないのだぁ!!」
だが。
ここで普通の人間なら折れる。
しかし。
小野田レイは諦めなかった。
なぜなら商魂が異常だからである。
「なら読むだけ読むのだぁ!!」
レイは強引に原稿を押し付けた。
「つまらなかったら帰るのだぁ!!」
「……はぁ」
編集者は面倒そうにページをめくった。
一ページ。
二ページ。
三ページ。
「…………」
手が止まる。
レイはニヤニヤしていた。
なぜなら。
内容だけは異常にリアルだった。
実際に“いる側”から聞いた話だからである。
昭和病院の湿気。
夜勤看護婦の空気。
患者たちの呻き。
死体置き場の温度感。
どれも妙に生々しい。
「……なんだこれ」
編集者の顔が変わった。
「のだっ♡」
「妙に描写が具体的だな……」
「当然なのだぁ!」
レイは胸を張った。
「取材済みなのだっ♡」
取材相手が幽霊である。
編集者は原稿を読み続けた。
やがて。
「……これ、お前が考えたの?」
「のだっ♡」
「いや、なんか変にリアルなんだよな……」
「本物だからなのだっ♡」
「まだ言うか」
編集者は笑った。
だが。
完全には笑い切れていなかった。
妙だったのである。
あまりにも空気感が本物っぽい。
「……一応預かる」
「のだぁ!?」
「短期連載なら試せるかもな」
「のだぁああああ!!」
レイは飛び跳ねた。
「勝ったのだぁあああ!!」
編集者は頭を掻いた。
「ただし売れなかったら終わりな」
「余裕なのだっ♡時代はオカルトなのだっ♡」
なお。
帰り道。
レイは喫茶店でクリームソーダを飲みながら、めちゃくちゃ調子に乗っていた。
「のだっ♡未来の大作家なのだっ♡」
「…………」
向かい席には白衣の女幽霊。
一般人には見えないので、店員からするとレイが一人で喋ってる危ない男である。
「吾輩、有名になったら美女と結婚するのだっ♡」
「…………」
「テレビ出演してぇ!サイン会してぇ!映画化なのだぁ!」
「…………」
「困ったのだぁ♡才能が怖いのだぁ♡」
女幽霊は静かに見ていた。
この男。
怖い。
別方向で。
すると。
レイはふと真顔になった。
「……でもまぁ」
「…………?」
「お主のおかげなのだぁ」
女幽霊は少し目を丸くした。
「……え?」
「ネタ提供者なのだっ♡」
「…………」
「だから印税入ったらコーラくらい奢ってやるのだぁ!」
「……飲めない……」
「のだぁ!?不便なのだぁ!!」
喫茶店にレイの悲鳴が響いた。




