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ビビリなのに幽霊が寄ってくるんだが!?〜昭和オカルト作家・小野田レイの怪異取材録〜  作者: 雪だるま


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30

 漁村の旅館前。


 午前三時半。


 夜の海はまだ荒れていた。


 遠くから、女たちの歌声が聞こえる。


 低く。


 暗く。


 波に溶けるみたいな声。


「……ぁぁぁ……」


「……かえせ……」


 風が吹くたび、その声は旅館の方まで届いていた。


「のだぁぁぁぁぁ!!!!」


 その中で。


 小野田レイは完全に泣いていた。


 旅館前の石畳に座り込み、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらシズカへ抱きつこうとしている。


 当然すり抜ける。


「うぇえええええん!!」


 スカッ。


「のだぁ!?」


 前のめりに転ぶ。


「冷たいのだぁぁぁ!!怖いのだぁぁぁ!!」


 また立ち上がる。


 また抱きつこうとする。


 またすり抜ける。


 ドシャァ!!


「痛いのだぁぁぁ!!」


 完全に情緒が終わっていた。


 シズカは困惑していた。


「……落ち着いて……」


「無理なのだぁぁぁ!!」


 レイは半狂乱だった。


「海から手がいっぱい出たのだぁぁぁ!!」


「……うん……」


「吾輩、マジで沈められるかと思ったのだぁぁぁ!!」


 シズカは静かに海の方を見る。


 歌声。


 風。


 暗い海。


 そして。


 見える。


 沖。


 波の向こうに、まだ女たちが立っている。


「…………」


 シズカの表情も重かった。


 あれは普通の霊じゃない。


 長い。


 古い。


 人間の怨みが海底みたいに積み重なっている。


「……かわいそう……」


 シズカが小さく呟いた。


「若いまま沈められて……」


「でも怖いのだぁぁぁ!!」


 レイは即答だった。


「悲しいのと怖いのは両立するのだぁぁぁ!!」


 完全に本音だった。


 レイは震えながら旅館の壁へ寄りかかった。


「のだぁ……」


 膝がガクガクしている。


「吾輩、海嫌いになったのだぁ……」


「……最初から好きじゃなかった……」


「もっと嫌いになったのだぁ!!」


 すると。


 また遠くから歌声。


「……かえせ……」


「のだぁぁぁ!!」


 レイ、即シズカの後ろへ隠れようとする。


 当然、半分くらいすり抜ける。


「意味ないのだぁ!!」


「……落ち着いて……」


 シズカは少し困りながら、レイの頭を撫でる真似をした。


 触れない。


 でも。


 レイは少しだけ落ち着いた。


「うぇえええん……」


 そして。


 突然。


「ママぁぁぁぁぁ!!」


「…………」


 シズカ、停止。


「ママぁぁぁぁぁ!!怖いのだぁぁぁ!!」


「…………」


 レイは完全に幼児退行していた。


「海怖いのだぁぁぁ!!うぇえええん!!」


 シズカは数秒黙った。


「……ママじゃない……」


「ママぁぁぁぁ!!」


「違う……」


「優しくしてなのだぁぁぁ!!」


 シズカは困っていた。


 本当に。


 ただ。


 レイは本気で限界だった。


 さっきまで本当に殺されかけていたのである。


 波の感触。


 冷たい腕。


 海へ引きずられる感覚。


 全部まだ残っていた。


「のだぁ……」


 レイはしゃくり上げながら呟く。


「吾輩、ちょっと売れ始めたくらいなのだぁ……」


「……うん……」


「まだ二十歳なのだぁ……」


「……うん……」


「もっと印税生活したいのだぁ……」


「そこ……?」


 レイは本気で泣いていた。


「せっかく書籍化なのだぁぁぁ!!」


 シズカは少し笑ってしまった。


「……泣きながらそれ言う人初めて見た……」


「怖かったのだぁぁぁ!!」


 レイは鼻水をすすった。


 そして。


 少しだけ静かになる。


 海を見た。


 歌声はまだ聞こえる。


「…………」


 レイはボソッと呟いた。


「……なんであんなことしたのだぁ」


「…………」


「生贄とか……」


 シズカは海を見つめた。


「昔は……」


「のだぁ……」


「人間、怖いと変なことする……」


「…………」


「海荒れると、誰かのせいにしたくなる」


 風が吹く。


 遠い歌声。


「……若い女なら静まるって……信じた……」


「のだぁ……」


 レイは少し俯いた。


「海女のおばちゃんたちも言ってたのだぁ……」


「…………」


「昔の海はもっと怖かったのだぁ……」


 静寂。


 しばらく二人は黙っていた。


 旅館の灯りだけが暖かい。


 すると。


 レイが小さく言った。


「……でもぉ」


「……?」


「やっぱり怖いのだぁ」


「うん……」


「吾輩、普通に食われるかと思ったのだぁ」


「……うん……」


 そして。


 数秒後。


「うぇえええええん!!」


 また泣き始めた。


「怖いのだぁぁぁ!!」


「また!?」


「ママぁぁぁぁ!!」


「違うって……!」


 旅館の二階。


 障子が少し開く。


 眠そうな編集者が顔を出した。


「……うるせぇなぁ……」


「のだぁぁぁ!!」


「何騒いでんだよ……」


「海に殺されかけたのだぁぁぁ!!」


「夢だろ」


「違うのだぁぁぁ!!」


 編集者は眠そうに海を見た。


 当然、何も見えない。


「……お前疲れてんだよ」


「違うのだぁぁぁ!!」


 レイは本気だった。


 だが。


 編集者はあくびした。


「はいはい。風邪引くから早く入れ」


 障子閉まる。


「…………」


「…………」


 レイはしばらく固まった。


「……のだぁ」


「……なに……?」


「孤独なのだぁ……」


「…………」


 シズカは少しだけ笑った。


 そして。


 海からの悲しい歌声が聞こえる中。


 レイはしばらく旅館前で泣き続けていた。

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