22 実家
一九八二年。
春。
地方都市・小野田家。
居間には演歌番組。
コタツ。
みかんの箱。
そして。
「のだっ♡」
小野田レイは、めちゃくちゃ調子に乗っていた。
理由。
書籍化である。
「ふっふっふ……」
レイは座布団の上でふんぞり返っていた。
なぜかサングラス。
なぜかシルクっぽいシャツ。
なぜか片手にブランデーグラス。
なお中身は麦茶だった。
「時代が吾輩を求めているのだっ♡」
「うるさい」
母親が即座に切った。
レイは気にしない。
なぜなら今、彼の脳内では既に“昭和ベストセラー怪談作家”だからである。
「のだっ♡ついに吾輩の時代なのだっ♡」
机には雑誌。
自分の記事。
切り抜き。
しかも赤線まで引いてある。
『待望の単行本企画進行中!!』
「のだぁ〜〜〜♡」
レイは頬を押さえて悶えていた。
「困るのだぁ♡才能が怖いのだぁ♡」
「大学は?」
父親が新聞越しに聞いた。
「…………」
一瞬静かになる。
「のだっ♡」
「逃げるな」
「作家先生は忙しいのだぁ!」
「留年しかけてるって大学から電話来てたぞ」
「のだぁぁぁ!!」
レイは布団へダイブした。
「現実的な話やめるのだぁ!!」
妹の由美は呆れていた。
「お兄ちゃん最近ほんと調子乗ってるよね」
「売れてるからなのだっ♡」
「まだ雑誌じゃん」
「書籍化したら先生なのだっ♡」
「胡散臭い先生だなぁ……」
レイはニヤニヤしながら原稿を抱き締めた。
『雪山旅館・呪われた別館』
『赤窓病院・死者の廊下』
『泣き女トンネル』
シリーズ化していた。
しかも。
地味に売れている。
オカルトブーム。
実録風。
若い語り手。
全部時代に噛み合っていた。
「のだっ♡」
レイは立ち上がった。
「書籍化したらサイン会なのだっ♡」
「誰が来るの」
「女子高生なのだっ♡」
「夢見すぎ」
「映画化もあるのだぁ!」
「はいはい」
すると。
居間の隅。
スゥ…………
白衣の女幽霊が現れた。
「…………」
もう完全に実家にも来るようになっていた。
慣れって怖い。
「のだぁ!」
レイは即反応。
「来たのだぁ!」
「また誰もいないとこ見てる……」
由美が引いていた。
白衣の女幽霊は静かにコタツを見ていた。
「……暖かそう……」
「暖かいのだっ♡」
レイはコタツをポンポン叩く。
「入るのだぁ?」
「……入れない……」
「不便なのだぁ……」
母親はレイを見ていた。
「……あんた本当に誰か見えてるの?」
「のだっ♡」
レイはニヤリと笑った。
「企業秘密なのだっ♡」
「気持ち悪い」
「のだぁ!?」
だが。
最近、小野田家も少しだけ変化していた。
最初は完全に“うちの馬鹿息子また変なこと始めた”くらいだった。
しかし。
雑誌。
原稿料。
編集部。
書籍化。
少しずつ。
“遊び”ではなくなってきている。
父親は新聞を畳んだ。
「……本当に本になるのか」
「のだっ♡」
レイは胸を張る。
「全国発売なのだっ♡」
「へぇ……」
母親も少しだけ驚いていた。
「そんなに売れてるの?」
「時代がオカルトなのだっ♡」
レイは得意げだった。
「あと吾輩の文章力なのだっ♡」
白衣の女幽霊が小声で呟く。
「……盛り力……」
「うるさいのだぁ!」
由美が雑誌を読み返して吹き出した。
「“私は恐怖に立ち向かった”って絶対嘘じゃん」
「演出なのだっ♡」
「この前、家の廊下で悲鳴上げてたくせに」
「夜中にお主が立ってたからなのだぁ!!」
「普通にトイレ行こうとしただけだよ!」
レイは咳払いした。
「うむ」
姿勢を正す。
「しかしなのだぁ」
「なによ」
「吾輩、そろそろ引っ越すかもしれないのだっ♡」
「は?」
「作家先生っぽいマンションに住むのだっ♡」
「お金あるの?」
「…………」
沈黙。
「……原稿料前借りできないのだぁ?」
「できるわけないでしょ」
レイはまた布団へ倒れ込んだ。
「世知辛いのだぁ……」
白衣の女幽霊は少し笑っていた。
「……まだ普通の大学生……」
「違うのだっ♡」
レイは即起き上がる。
「未来の大作家なのだっ♡」
「大学生だろ」
「オカルト界の新星なのだぁ!」
「留年界の新星にもなりそうだけど」
「やめるのだぁぁぁ!!」
その時。
電話が鳴った。
リンリンリンリン。
母親が受話器を取る。
「はい、小野田です」
少し話して。
「あんた、編集部から」
「のだっ♡」
レイの目が輝く。
即座に受話器を奪う。
「もしもしなのだっ♡」
『小野田、次の企画だが』
「のだっ♡」
『東北の廃村行けるか?』
「…………」
数秒沈黙。
レイの顔から血の気が引いた。
「……のだぁ?」
『本物出るらしい』
「のだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
小野田家に絶叫が響いた。
「なんでなのだぁ!!」
『お前、“持ってる”から』
「嫌なのだぁ!!」
『書籍化前の大特集な』
「ブラックなのだぁぁぁ!!」
受話器越しに編集部の笑い声が聞こえる。
レイは半泣きだった。
一方。
白衣の女幽霊は静かに思っていた。
「…………」
この男。
本当にどんどん怪異側へ近づいている。




