21 編集部
一九八一年、冬。
都内。
○○オカルト出版編集部。
締切前。
修羅場。
灰皿は山盛り。
床には原稿。
編集者たちは死んだ顔で働いていた。
そこへ。
バァン!!
「来たのだっ♡」
小野田レイが勢いよく扉を開けた。
なぜか今日はロングマフラー。
なぜかサングラス。
なぜか革手袋。
完全に“売れっ子作家気取り”だった。
「…………」
編集部全員が嫌そうな顔をした。
「うわ」
「雪山帰りの変な大学生だ」
「のだっ♡人気作家先生なのだっ♡」
「その格好なんなんだよ」
「山の男なのだっ♡」
なお。
雪で二回転んで半泣きになっていた。
レイは気にせず原稿を机へ叩きつけた。
ドサァッ!!
分厚い。
かなり。
タイトル。
『雪山旅館・呪われた別館』
しかも。
『実在した“血の跡継ぎ争い”!!』
『雪の夜、私は“アレ”を見た』
『禁断実録』
煽り文まで自分で書いていた。
「のだっ♡」
レイは満面の笑みだった。
「最高傑作なのだっ♡」
編集長は煙草を咥えながら原稿をめくる。
「……また盛ったな?」
「失礼なのだぁ!」
レイは机を叩いた。
「配慮なのだっ♡」
「配慮?」
「旅館に迷惑かけちゃダメなのだぁ!」
編集部が少し静かになる。
「……お前が?」
「のだっ♡」
レイは胸を張った。
「吾輩、社会性あるのだっ♡」
なお。
内容はめちゃくちゃ改変されていた。
まず。
旅館名が変わっている。
場所も変わっている。
時代も盛っている。
そして。
何より。
レイ本人が異様にカッコよくなっていた。
「……なんだこれ」
若手編集者が吹き出した。
「“私は恐怖を押し殺し、雪の別館へ一人向かった”」
「のだっ♡」
「お前、実際は泣いてたよな?」
「演出なのだぁ!」
「“闇の中、私は静かに霊たちと対峙した”」
「のだっ♡」
「お前、“のだぁぁぁ!!”って叫びながら逃げてただろ」
「文学的表現なのだっ♡」
最低だった。
編集長はページをめくる。
だが。
途中から顔が変わった。
「……ん?」
「のだぁ?」
「これ……普通に面白くなってないか?」
「のだっ♡」
レイ、即ドヤ顔。
「才能なのだっ♡」
実際。
盛り方が上手くなっていた。
怪談。
人間ドラマ。
雪山。
旅館。
跡継ぎ争い。
全部、昭和オカルト読者が好きな要素だった。
「……しかも妙に映像浮かぶな」
「映画をいっぱい見てるからなのだっ♡」
白衣の女幽霊は編集部の隅で原稿を覗いていた。
「…………」
そして。
かなり困惑していた。
「……全然違う……」
実際。
別館の巨大幽霊は原稿内だと“旅館の闇を支配する怨霊の主”みたいになっていた。
本当は酒浸りだっただけなのに。
「……あの人、あんな怖いこと言ってない……」
「盛ったのだっ♡」
レイは小声で返した。
「読者は強い悪役好きなのだっ♡」
「……ひどい……」
「エンタメなのだぁ!」
すると。
編集長がページを止めた。
「……おい」
「のだぁ?」
「ここ」
指差す。
『私は怨霊の王を前に、一歩も退かなかった』
「のだっ♡」
「嘘だろ」
「演出なのだっ♡」
「実際は?」
「泣きながら鼻水垂らしてたのだぁ!」
「正直すぎる」
編集部は笑っていた。
だが。
同時に。
読んでいる手は止まらない。
「……これ当たるぞ」
「旅館もの強いな」
「雪山ホラーいいな」
「のだっ♡」
レイは完全に気持ち良くなっていた。
「ふっふっふ……」
サングラスをクイッと上げる。
「吾輩、昭和怪談界の革命児なのだっ♡」
「大学卒業しろ」
「現実的な話やめるのだぁ!!」
その時。
女性編集者がクスクス笑いながら言った。
「でも小野田くん、意外と優しいんだね」
「のだぁ?」
「旅館名変えたりしてるし」
「当然なのだっ♡」
レイは少し真面目な顔になった。
「商売の邪魔はダメなのだぁ」
「へぇ」
「旅館のおばちゃんたち普通に頑張ってたのだぁ」
「…………」
白衣の女幽霊は少し目を丸くした。
レイは気づかない。
「あと温泉饅頭美味しかったのだっ♡」
「そこかよ」
だが。
編集長は原稿を読みながら静かに思っていた。
最初はただの変な大学生だった。
だが。
最近。
妙に“書ける”。
しかも。
嘘を盛っているのに、妙なリアリティが消えない。
「……小野田」
「のだぁ?」
「お前さ」
「のだっ♡」
「本当に何見てるんだ?」
「…………」
一瞬。
編集部が静かになる。
レイは少しだけ黙った。
そして。
ニヤァ……と笑う。
「企業秘密なのだっ♡」
「胡散臭ぇ〜……」
編集部に笑いが起きる。
その隅で。
白衣の女幽霊は静かにレイを見ていた。
「…………」
この男。
怖がる。
泣く。
逃げる。
でも。
ちゃんと人間側も気にする。
変な男だった。
一方。
レイはもう完全に未来を見ていた。
「のだっ♡」
両手を広げる。
「映画化なのだっ♡ドラマ化なのだっ♡印税生活なのだっ♡」
「はいはい」
「困るのだぁ♡吾輩、スターすぎるのだぁ♡」
なお。
その日の夜。
原稿を読み返した編集者数名が、妙に別館の夢を見た。




