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ビビリなのに幽霊が寄ってくるんだが!?〜昭和オカルト作家・小野田レイの怪異取材録〜  作者: 雪だるま


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20

 翌朝。


 雪代館には静かな朝日が差し込んでいた。


 夜の異様な空気が嘘みたいに、山は白く、美しかった。


 旅館の玄関前。


 ワゴン車。


 煙草。


 冷たい空気。


 そして。


「のだっ!お世話になりましたのだっ!」


 小野田レイはペコペコ頭を下げていた。


「お仕事頑張ってくださいなのだぁ!」


 めちゃくちゃ爽やかだった。


 なお。


 昨夜は別館で半泣きになりながら怪談取材していた男である。


 女将・静江は微妙な顔をしていた。


「……ええ」


「また来るのだっ♡」


「…………」


 その瞬間。


 旅館側全員の空気が少し固まった。


 仲居たちも引き攣っている。


 レイだけ気づかない。


「次は春が良いのだぁ!山菜とか食べたいのだっ♡」


「……そう」


 静江は営業スマイルを崩さなかった。


 だが内心では。


(来ないで)


 それしかなかった。


 番頭老人はレイをじっと見ていた。


 昨夜。


 別館から戻ってきた時。


 この男。


 本当に“何か”と会話していた。


 しかも。


 普通に。


「…………」


 老人は目を細める。


 ああいう人間は危ない。


 怪異を恐れない。


 いや。


 恐れているのに近づく。


 一番質が悪い。


 一方。


 レイはニコニコだった。


「温泉最高だったのだっ♡」


「お前三十分くらいで悲鳴上げて戻ってきただろ」


 編集者が煙草を吸いながら言った。


「熱かったのだぁ!」


「子供か」


 ワゴン車の後部座席。


 そこには既に白衣の女幽霊が座っていた。


「…………」


 普通に乗っていた。


 しかも窓際。


 完全に同乗者である。


 レイはそれを見て少し固まった。


「……のだぁ」


「……なに?」


「普通に乗ってるのだぁ」


「……帰るんでしょ……?」


「帰るけどなのだぁ……」


 最近、女幽霊の行動が自然すぎて逆に怖い。


 女将はその様子を見ていた。


 正確には。


 レイが誰もいない後部座席へ話しかけているようにしか見えていない。


「…………」


 静江は少し寒気を覚えた。


 本当に。


 本当に見えているのかもしれない。


「のだっ♡」


 レイは最後にもう一度旅館へ振り返った。


「いやぁ〜〜!勉強になったのだっ♡」


「何を学んだんだよ」


「昭和旅館は闇が深いのだっ♡」


 静江の目が少し細くなった。


 レイは気づかない。


「あと人間怖いのだぁ!」


「お前が言うな」


「でも幽霊たちは意外と話せば分かるのだっ♡」


 その瞬間。


 旅館の廊下の奥。


 誰もいないはずの場所に、ぼんやりと幾つもの影が立っていた。


 傷だらけの幽霊たち。


 別館の男。


 子供。


 焼けた女。


 押し入れの男。


 皆、静かに玄関を見ていた。


「…………」


 レイだけが気づく。


「のだぁ?」


 幽霊たちは何も言わなかった。


 ただ。


 じっと見ていた。


 レイは少しだけ妙な顔になった。


「……のだ」


 最初にここへ来た時は。


 完全に“怖い化け物”だった。


 でも今は。


 なんか。


 妙に人間臭い。


「……うむ」


 レイは小さく頭を下げた。


「頑張るのだっ♡」


 何を頑張るのか分からなかった。


 だが。


 幽霊たちは少しだけ空気が柔らかくなった。


 押し入れの男なんかは呆れた顔をしていた。


「……変な奴だったな」


 巨大な男幽霊は静かに子供の頭を撫でていた。


 白衣の女幽霊は車内から窓の外を見ていた。


「…………」


 雪代館。


 雪。


 古い旅館。


 数十年閉じ込められていた場所。


 そこから。


 自分だけが普通にワゴン車へ乗っている。


 変な感じだった。


「おーい小野田ぁ!早く乗れ!」


「のだっ♡」


 レイは元気よく返事した。


「帰るのだぁ!」


 ワゴン車へ飛び乗る。


 その瞬間。


 ツルッ。


「のだぁぁぁ!!」


 雪で滑って転倒。


 顔面から突っ込んだ。


 静江は思わず目を閉じた。


 仲居たちも固まる。


 編集者だけが爆笑していた。


「ギャハハハハ!!」


「痛いのだぁ!!」


 レイは雪まみれで起き上がった。


 鼻が真っ赤だった。


「山は危険なのだぁ!!」


「お前が馬鹿なだけだ」


 ワゴン車がエンジンをかける。


 ブロロロロ……


 レイは窓を開けた。


「のだっ!また来るのだぁ!」


「…………」


 旅館側全員。


 営業スマイル。


 内心。


(来るな)


 完全に一致していた。


 ワゴン車は雪道をゆっくり下っていく。


 静江はそれを見送っていた。


 長く。


 静かに。


 そして。


 完全に車が見えなくなった後、小さく息を吐く。


「……嵐みたいな子ね」


 番頭老人が頷いた。


「ええ」


「でも」


 老人は別館を見る。


「少しだけ……空気が変わりましたな」


「…………」


 静江は答えなかった。


 ただ。


 別館の窓。


 そこに立つ幾つもの影を見ていた。


 長い間、淀んでいた空気。


 閉じ込められていたもの。


 それが。


 ほんの少しだけ動いた気がした。


 一方。


 山道を走るワゴン車の中。


 レイは後部座席で完全に伸びていた。


「のだぁぁぁ……疲れたのだぁぁぁ……」


「お前、帰ったら即原稿な」


「鬼なのだぁ!!」


 白衣の女幽霊は窓の外を眺めていた。


 雪景色。


 朝日。


 流れていく山。


「…………」


 レイはそれを見ながら、半目で呟いた。


「……のだぁ」


「……なに?」


「お主、普通に旅行してるみたいなのだぁ」


「…………」


 白衣の女幽霊は少し考えて。


 本当に少しだけ笑った。


「……そうかも……」

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