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ビビリなのに幽霊が寄ってくるんだが!?〜昭和オカルト作家・小野田レイの怪異取材録〜  作者: 雪だるま


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19 女将回

 雪は静かに降っていた。


 山奥の温泉旅館・雪代館。


 本館の明かりは暖かく、客たちは酒を飲み、温泉に入り、昭和の古びた旅情を楽しんでいる。


 だが。


 その裏側では、別の空気が流れていた。


「急いで」


 女将・雪代静江は低い声で言った。


 普段の柔らかい笑顔は消えている。


 廊下には緊張が漂っていた。


「今夜中に移すのよ」


「……はい」


 従業員たちは青い顔で頷いた。


 別館地下。


 古い倉庫。


 そこには木箱が並んでいた。


 重い。


 妙に。


 若い仲居の一人が震える声で言った。


「女将さん……本当に大丈夫なんですか……?」


「黙って運びなさい」


 静江の声は冷たかった。


「……あの雑誌の人、本当に見えてるかもしれないって……」


「だから急いでるの」


 静江は倉庫の奥を見た。


 古い壁。


 湿った土。


 そして。


 隠された扉。


 雪代館は古い旅館だった。


 戦前から続く山の宿。


 だが。


 それだけではない。


 戦後。


 混乱。


 闇市。


 密輸。


 山奥という立地。


 人目につかない旅館。


 雪代館は、表に出せないものを“処理”する場所として使われていた時期がある。


 死体。


 荷物。


 借金。


 人間。


 全部。


 山が飲み込んだ。


「……別館は封鎖したはずだったのに」


 静江は小さく呟いた。


 あそこにはもう近づかない。


 歴代の女将たちはそう決めていた。


 だが。


 最近。


 妙なことが増えていた。


 夜中の足音。


 誰もいない廊下。


 閉じたはずの襖。


 そして。


 別館を見た客の失踪。


「……タイミングが悪すぎる」


 静江は唇を噛んだ。


 よりにもよって。


 あんな男が来るとは思わなかった。


 最初はただの馬鹿大学生だと思っていた。


 だが。


 違う。


 あの男。


 別館へ入った。


 しかも。


 戻ってきている。


 普通なら無理だった。


「……本当に見えてるの……?」


 静江の背中に寒気が走る。


 雪代館では、過去にも何度か“見える人間”が来たことがある。


 だが。


 大抵は逃げた。


 発狂した。


 二度と近づかなかった。


 なのに。


 あの男。


 笑いながら取材している。


 異常だった。


「女将さん」


 番頭の老人が近づいてきた。


「地下の帳簿、どうします」


「全部燃やして」


「……本当に?」


「今更残しておく意味がないわ」


 老人は少し躊躇した。


 古い帳簿。


 昭和二十年代から続く裏取引の記録。


 名前。


 金額。


 運ばれた物。


 処理された人数。


 全部残っている。


「……警察が来ると思いますか」


「警察より厄介よ」


 静江は静かに言った。


「“噂”は一度広がると止まらない」


 オカルト雑誌。


 怪談。


 噂話。


 それだけなら笑えた。


 だが。


 今の時代は違う。


 雑誌一つで客は消える。


 旅館は終わる。


「……あの男、危ないわ」


 老人は頷いた。


「ええ」


「馬鹿そうに見えるけど」


「ええ」


「一番面倒なタイプよ」


 静江はよく知っていた。


 ああいう人間。


 恐怖より好奇心が勝つ人間。


 しかも。


 金の匂いを嗅ぎつける。


「……昔もいたわ」


 静江は遠い目をした。


「戦後すぐ、新聞記者が来た」


「…………」


「別館を嗅ぎ回った」


「どうなったんです」


 静江は答えなかった。


 ただ。


 倉庫の奥を見る。


 暗闇。


 土。


 湿気。


「……運びなさい」


 それだけ言った。


 従業員たちは無言で木箱を動かし始める。


 ギギ……


 重い音。


 誰も喋らない。


 別館の方からは時折、何かの軋む音が聞こえてくる。


 静江はそれを無視した。


 聞こえない振りをした。


 長年そうしてきた。


「女将さん……」


 若い仲居が震えながら言った。


「最近、夢を見るんです」


「…………」


「別館で、知らない男の子が立ってる夢です」


 静江は少しだけ目を閉じた。


「見なかったことにしなさい」


「でも……」


「この旅館で長く働きたいなら、聞かない、見ない、喋らない」


 低い声だった。


 仲居は黙り込む。


 静江は階段を上がった。


 本館。


 暖かい灯り。


 笑い声。


 宴会。


 雪見酒。


 表の雪代館。


 その下には。


 長年積み重なった何かが沈んでいる。


 そして今夜。


 別館では、数十年ぶりに“向こう側”が騒がしくなっていた。


 静江は窓の外を見た。


 雪。


 闇。


 山。


「……最悪ね」


 ぽつりと呟く。


 あの馬鹿大学生。


 もし本当に見えているなら。


 あまり深入りしない方がいい。

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