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一九八一年、晩秋。
都内。
雑居ビル三階。
○○オカルト出版編集部。
締切前特有の殺気が漂っていた。
「誰だよこの誤植!」
「写植まだ!?」
「電話取ってぇ!!」
「インク切れたぞ!!」
煙草。
怒号。
コーヒー。
紙。
昭和編集部は戦場だった。
そして。
その地獄みたいな空間へ。
「来たのだっ♡」
バァン!!と勢いよく扉を開けながら、小野田レイが現れた。
なぜかロングコート。
なぜかサングラス。
なぜか付け髭。
そして。
めちゃくちゃ得意げだった。
「…………」
編集部全員が嫌そうな顔をした。
「うわ、来た」
「また変な格好してる」
「のだっ♡売れっ子オーラなのだっ♡」
「怪しい情報屋にしか見えない」
レイは気にしない。
なぜなら現在の彼は、“自分は昭和オカルト界の新星である”と本気で思い始めているからである。
「ふっふっふ……」
レイは鞄を机へ置いた。
ドサァッ!!
分厚い原稿。
タイトル。
『実録!!泣き女トンネル』
しかも。
赤字で。
『禁断の真実』
『編集部震撼』
『読んだ者は呪われる』
とか書いてある。
「お前が書いたのかそれ」
「売れる煽り文なのだっ♡」
最低だった。
編集長が頭を押さえる。
「……で?」
「のだぁ?」
「今回は何を盛った?」
「失礼なのだぁ!!」
レイは机を叩いた。
「全部実話なのだっ♡」
なお。
実際には盛りまくっていた。
本当は“幽霊同士がなんか空気読んで解散した”だけなのに、原稿ではこうなっていた。
『トンネルの奥から無数の女の泣き声』
『血まみれの女たちが壁から這い出る』
『霊同士の怨念衝突』
『気絶寸前のレイ、命懸けの脱出』
ほぼ映画だった。
「のだっ♡」
レイは胸を張った。
「文学的脚色なのだっ♡」
「盛ってんじゃねぇか」
「エンタメなのだぁ!」
編集部の若手が原稿をパラパラ読む。
そして。
「……うわ」
「のだぁ?」
「これ前より怖ぇ」
「当然なのだっ♡」
レイはドヤ顔。
「今回は“閉鎖空間ホラー”を意識したのだっ♡」
「なんでそんな言葉知ってんだよ」
「映画いっぱい見てるからなのだぁ!」
すると。
編集長の表情が少し変わった。
「……ん?」
「のだぁ?」
「この“トンネルの奥で女同士が睨み合う”ってシーン」
「名場面なのだっ♡」
「妙に映像浮かぶな……」
「ふっふっふ……」
レイはサングラスをクイッと上げた。
「才能なのだっ♡」
実際には本当に見た光景ベースだからである。
編集長は読み進める。
段々真顔になる。
「……お前さ」
「のだぁ?」
「描写だけは本当に上手くなってきてない?」
「のだっ♡」
レイは完全に調子に乗った。
「天才だからなのだっ♡」
「性格が終わってる」
編集部の隅。
白衣の女幽霊が静かに立っていた。
「…………」
当然誰にも見えない。
女幽霊は原稿を覗き込んでいた。
そして。
「…………」
微妙な顔になった。
「……こんなこと……なってない……」
「のだっ♡」
レイは小声で返した。
「盛った方が売れるのだぁ!」
「…………」
「現実は地味なのだぁ!」
最低の発想だった。
「……私……あんなに怖い顔してた……?」
「してたのだっ♡」
「…………」
女幽霊はちょっとショックを受けていた。
一方。
編集部は盛り上がってきていた。
「これ絶対人気出るぞ」
「トンネルネタ強いな」
「写真撮れなかったの?」
「のだぁ……」
レイは露骨に目を逸らした。
「その時は命が危なかったのだぁ……」
実際は普通に怖くて撮る余裕がなかった。
編集長は煙草を咥えた。
「よし」
「のだぁ?」
「これ巻頭特集にする」
「のだぁあああああ!!」
レイ絶叫。
「勝ったのだぁあああ!!」
編集部中に響く。
「吾輩、時代の寵児なのだぁ!!」
「うるせぇ!!」
だが。
編集者たちも少し興奮していた。
オカルトブーム。
実話風。
若者。
そして。
妙にリアル。
「次どこ行く?」
「廃村どう?」
「ダムもあるぞ」
「のだぁ?」
レイの顔色が変わった。
「ま、待つのだぁ」
「ん?」
「吾輩、作家先生なのだぁ?」
「そうだな」
「つまり現地取材しないとダメなのだぁ?」
「当然だろ」
「…………」
レイは固まった。
「のだぁぁぁぁぁぁ!!」
編集部に悲鳴が響いた。
「なんでなのだぁ!!原稿書くだけじゃダメなのだぁ!?」
「実話路線だからな」
「危険手当ないのだぁ!?」
「原稿料で我慢しろ」
「ブラックなのだぁ!!」
レイは机に突っ伏した。
「吾輩、本当は昼まで寝てたいタイプなのだぁ……」
「知らねぇよ」
すると。
白衣の女幽霊が少し心配そうに見てきた。
「……大丈夫……?」
「大丈夫じゃないのだぁ……」
レイは死んだ顔だった。
「最近、本当に本物ばっかり引くのだぁ……」
「…………」
「普通の偽物スポット行きたいのだぁ……」
だが。
編集長はニヤニヤしていた。
「小野田」
「のだぁ?」
「お前、“持ってる”よな」
「のだ?」
「本物呼ぶ体質」
「やめるのだぁぁぁ!!」
レイは本気で叫んだ。
しかし。
編集部は大笑いしていた。
その頃。
白衣の女幽霊は静かに思っていた。
「…………」
この男。
最初はただの被害者だったのに。
今では完全に“怪異側に片足突っ込んでる”。




