12 トンネル
一九八一年、秋。
深夜十一時四十分。
山奥。
冷たい風。
虫の声。
そして。
ボロい軽トラックの前で、小野田レイは死んだ魚みたいな目をしていた。
「……のだぁ」
疲れていた。
非常に。
「なんでこうなるのだぁ……」
レイは空を見上げた。
「吾輩、まだぴちぴちの二十歳なのだぁ……夜は寝ないといけないのだぁ……」
しかし。
現実は非情である。
最近、レイの“実録心霊シリーズ”が売れ始めたせいで、編集部から普通に現地取材を押し付けられるようになっていた。
『次はトンネル特集な』
『最近噂になってる場所がある』
『行ってこい』
『若いんだから平気だろ』
酷かった。
「のだぁ……ブラック企業なのだぁ……」
レイは懐中電灯を持ちながらブツブツ文句を言っていた。
目の前。
山道の先。
古びたトンネルが口を開けている。
通称――“泣き女トンネル”。
数年前に事故があったとか。
夜中に女の泣き声が聞こえるとか。
トンネルの中でバックミラーを見ると後部座席に女がいるとか。
昭和オカルトテンプレ全部盛りみたいな場所だった。
「……のだ」
レイは真顔になった。
「普通に嫌なのだぁ」
すると。
隣に白衣の女幽霊がスゥ……と現れた。
「…………」
「のだぁっ!!」
レイは飛び上がった。
「お主ぃ!!最近出現タイミングが悪いのだぁ!!」
「……ついてきた……」
「なんでなのだぁ!!」
「……心配……」
「のだ?」
レイは少し黙った。
女幽霊はトンネルを見ていた。
「……ここ……あんまり良くない……」
「のだぁ!?」
レイの顔色が変わる。
「やっぱり本当にいるのだぁ!?」
「……たぶん……」
「たぶんなのだぁ!?」
レイは頭を抱えた。
「のだぁぁぁ……編集長ぉぉぉ……吾輩を殺す気なのだぁ……」
だが。
帰れない。
なぜなら。
最近ちょっと売れているからである。
編集部で「小野田なら本物引く」と期待され始めていた。
「……のだ」
レイは深呼吸した。
「うむ……仕事なのだぁ……」
「…………」
「大人はお金のために危険もやるのだぁ……」
「……二十歳……」
「ぴちぴちなのだぁ!!」
レイは半泣きだった。
だが。
結局。
懐中電灯を持って歩き始めた。
「のだぁ……」
トンネルの入口。
コンクリートは黒ずみ、壁には落書き。
内部は異様に暗い。
冷気が流れていた。
「……寒いのだぁ」
「…………」
女幽霊は静かに隣を浮いていた。
最近、完全に同行者である。
レイは恐る恐る中へ入る。
足音が響く。
カツ。
カツ。
カツ。
「のだぁ……」
トンネルは長かった。
思ったより長い。
しかも。
静かすぎる。
「……うむ。怖い時は喋るのが大事なのだぁ」
レイは無理やり口を開いた。
「お主、映画好きだったのだぁ?」
「……うん……」
「次は何見るのだぁ?」
「……コメディ……」
「うむっ♡」
レイは少し安心した。
だが。
その時。
奥。
トンネルの向こう側から。
女の泣き声が聞こえた。
「…………うぅ……」
「のだ」
レイが止まる。
「…………」
「…………」
再び。
「……うぅぅ……」
「のだぁあああああ!!!!」
レイは女幽霊にしがみつこうとしてすり抜け、壁に激突した。
「痛いのだぁ!!」
「…………」
「聞こえたのだぁ!!」
「……聞こえた……」
「本物なのだぁ!?」
「……たぶん……」
「たぶんやめろなのだぁ!!」
レイは完全に涙目だった。
だが。
ここで逃げると記事にならない。
編集長に怒鳴られる。
原稿料も減る。
「……のだぁ」
レイは震えながらメモ帳を出した。
「仕事なのだぁ……」
「…………」
「怖くても金のためなのだぁ……」
女幽霊は少し引いていた。
すると。
泣き声が近づいてきた。
「……うぅ……」
「のだぁぁぁ……」
レイは懐中電灯を向けた。
そして。
見えた。
トンネルの奥。
白い女。
長い髪。
俯いている。
「のだぁあああああああ!!!!」
レイ絶叫。
「また女なのだぁあああ!!」
すると。
隣の白衣の女幽霊が少し不機嫌そうになった。
「…………」
「のだ?」
「……なんか嫌……」
「何がなのだぁ!?」
「……女ばっかり見てる……」
「違うのだぁ!!」
レイは半泣きで叫んだ。
「怖いだけなのだぁ!!」
その間にも。
白い女は近づいてくる。
ズル……ズル……
「のだぁぁぁ!!」
レイは完全にパニックだった。
「どうするのだぁ!?どうするのだぁ!?」
「…………」
白衣の女幽霊はじっと前を見ていた。
そして。
スゥ……と前へ出る。
「…………?」
泣き女の前に立った。
数秒。
沈黙。
すると。
泣き女がピタリと止まった。
「…………」
「…………」
なんか。
幽霊同士で空気があった。
レイだけ置いてけぼりだった。
「のだぁ?」
泣き女は白衣の女幽霊を見る。
白衣の女幽霊も無言。
数秒後。
泣き女はスゥ……っと壁の中へ消えていった。
「…………」
「…………」
静寂。
「のだぁ?」
レイはポカンとしていた。
「……終わった……?」
「……帰った……」
「帰るのだぁ!?」
「……たぶん……」
「幽霊社会どうなってるのだぁ!?」
レイは混乱していた。
だが。
白衣の女幽霊は少し得意げだった。
「……追い払った……」
「のだぁ?」
「……えらい……?」
「…………」
レイは少し黙った。
そして。
「……えらいのだっ♡」
「…………」
女幽霊は少し嬉しそうだった。
一方。
レイは震えながらメモを書いていた。
『トンネルには本当に女がいた』
『しかも幽霊同士にも縄張り意識っぽいものがある』
「のだっ♡」
恐怖の中。
レイの商魂だけは死んでいなかった。
「新連載なのだっ♡」




