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一九八一年、秋。
都内。
雑居ビル三階。
オカルト雑誌編集部。
煙草の煙。
コーヒーの匂い。
灰皿。
散乱する原稿。
壁には“締切厳守”の張り紙。
そして。
「のだっ♡」
小野田レイは、編集部のソファにふんぞり返っていた。
なぜか今日もサングラス。
しかも今日は白スーツまで着ている。
安物だった。
めちゃくちゃ浮いていた。
「……なんで白スーツなんだよ」
編集者が呆れていた。
「売れっ子だからなのだっ♡」
「まだそこまで売れてない」
「未来の大作家は雰囲気が大事なのだぁ!」
レイは足を組んだ。
なお靴下は左右違った。
編集部の机には大量の原稿が積まれている。
『赤窓病院・恐怖実録』
『病棟の深夜』
『死人より怖い家族たち』
シリーズ化していた。
しかも。
地味に売れていた。
「いやぁ〜〜困るのだぁ♡」
レイはニヤニヤしていた。
「最近、大学でも“先生”って呼ばれるのだっ♡」
「絶対馬鹿にされてるだけだろ」
「人気者なのだぁ!」
「はいはい」
編集部の奥では校正作業が進んでいた。
だが。
最近。
妙なことが起きていた。
「……なぁ」
若い編集者がヒソヒソ声で話す。
「最近さ、この原稿触ると寒くね?」
「あー分かる」
「あと深夜に女の声聞こえた」
「やめろよ」
レイはそれを聞いてニヤァ……と笑った。
「ふっふっふ……」
「なんだよその顔」
「本物だからなのだっ♡」
「まだ言うか」
だが。
編集者たちも完全には否定しきれなくなっていた。
妙なのである。
レイの原稿。
妙に“いる”。
空気感が。
夜中に読むと嫌な感じがする。
そして。
締切前の編集部には最近、白い影を見たという噂まで流れ始めていた。
「のだっ♡」
レイは満足そうだった。
「売れっ子には怪奇現象が付き物なのだぁ!」
「お前のせいで編集部がお化け屋敷扱いされてんだよ」
「ブランド化なのだっ♡」
最低だった。
すると。
編集長が原稿を机に置いた。
「……小野田」
「のだぁ?」
「次の企画なんだけどな」
編集長は煙草を咥える。
「もっと“実話感”強くできるか?」
「のだっ♡」
レイはニヤリと笑った。
「余裕なのだぁ!」
その瞬間。
編集部の隅。
白衣の女幽霊が現れた。
「…………」
当然。
レイ以外には見えない。
「のだぁ?」
レイだけが反応する。
「……どうしたのだぁ?」
「…………」
女幽霊は少し複雑そうだった。
「……まだ書くの……?」
「当然なのだっ♡」
「…………」
「今、人生で一番調子いいのだっ♡」
女幽霊は静かにレイを見ていた。
この男。
最初は泣きながら逃げ回っていたのに。
今では幽霊で商売している。
「……人間って変……」
「吾輩だけなのだっ♡」
そこへ。
女性編集者がコーヒーを持ってきた。
「小野田くん、缶コーヒー」
「のだっ♡気が利くのだぁ♡」
レイは受け取った。
なお。
ちょっと女性に優しくされただけで脳内では恋愛フラグが立っていた。
「困ったのだぁ♡吾輩モテすぎなのだぁ♡」
「勘違いすんな」
編集長が即切った。
レイはコーヒーを飲みながら編集部を見回した。
忙しそうだった。
電話。
タイプライター。
怒号。
締切。
昭和編集部特有の修羅場感。
「のだぁ……出版社って怖いのだぁ……」
「お前が言うな」
すると。
若手編集者が原稿を読みながら顔をしかめた。
「……うわ」
「のだぁ?」
「これ怖ぇよ……」
「どれなのだぁ?」
「“夜勤看護婦が死体置き場で聞いた笑い声”」
「のだっ♡傑作なのだっ♡」
「なんでこんな細かいんだよ描写……」
「取材力なのだっ♡」
実際には幽霊直伝である。
その時。
編集部の電話が鳴った。
リンリンリンリン。
「はい、○○出版です」
女性編集者が電話に出る。
そして。
「……え?」
空気が少し変わった。
「……はい……はい……」
顔色が悪くなる。
「どうした?」
編集長が聞く。
女性編集者は受話器を押さえた。
「……読者からです」
「クレーム?」
「いえ……」
女性編集者は困惑していた。
「“赤窓病院って実在しますか?”って……」
「のだっ♡」
レイがドヤ顔した。
「人気なのだっ♡」
「いや、それだけじゃなくて……」
女性編集者は続ける。
「“あの病院、昔うちの親族がいたんですが、雑誌に載ってる話が妙に一致してる”って……」
「…………」
編集部が静かになる。
レイ以外。
少しだけ背筋が寒くなった。
「……偶然だろ」
「ですよね……?」
だが。
レイだけは。
「のだっ♡」
超笑顔だった。
「本物だからなのだっ♡」
「だからやめろってその言い方!」
編集長が怒鳴る。
レイはケラケラ笑っていた。
その背後。
白衣の女幽霊は、編集部の窓の外をぼんやり見ていた。
夕暮れ。
東京の街。
車の音。
ネオン。
「…………」
数十年前には見れなかった景色。
変わった世界。
そして。
その中で一番騒がしいのが、幽霊話で成り上がろうとしている馬鹿大学生だった。
「……なんでこの人……こんな楽しそうなんだろ……」
「のだっ♡金になるからなのだっ♡」
即答だった。
女幽霊は静かに思った。
たぶん。
この男。
将来ろくでもない大人になる。




