2話 温もり(4)
「美味そうに食べるけど、美味しいの?」
小さな幸せだった事は当時のあたしには分からなかったけど、ちゃんとしたご飯を食べられることに、幸福を感じながら食べる手を進めていた。
すると、あたしの前に座る聖くんが訊ねる。
数日前の夜、聖くんに言われた『幸せになりたいなら、楽しい時には笑いなよ。暗い顔してると幸せが逃げるって言うし』という言葉を少しずつ心に仕舞い、整理して理解し始めたあたしは、少しずつ笑おうとしていた。
いや、いつもあったはずの笑顔を取り戻そうとしていた、というのがきっと正しいと思う。
あたしは聖くんの言葉に答える。
「おいしいです。やっぱり一昨日きよさんが言ってたとおり、産地だと味が違うんですね」
「まあね」
そう短く答えると、米と鶏肉のおかずを口に入れる聖くん。それを見て、あたしも米を口に入れた。
聖くんは基本物静かな人なのだと、この時のあたしは思っていた。だから、そんなに話しかけるのは迷惑だろうと考えて、あんまりあたしも話さなかったんだ。
数日が更に経つ。あたしは聖くんの家が建っている広場になった場所で佇んでいた。
広場の周りは森に囲まれている。聖くんが言うにはこの広場の周りは高度な結界が張られているらしくて、追っ手に見つかる事はなかった。結界の気配すらなくて怪訝に思いはしたけど、実際追っ手に見つかってないから結界は張られてるんだと思う。
聖くんはというと、目を瞑って家の側に置かれた木製の長椅子に座っている。
空は雲があるけど晴れていた。こうして日光浴をするのは5月の中旬だったのもあって気持ちが良い。
そして、幼いあたしは、たまたま光陽王国と魔族の住む魔界の季節が同じだっただけな事を知るはずもなかった。国が違えば季節が変わる事もある。そういう知識すら、あたしの中にはまだなかったんだ。
あたしは聖くんの近くに行き、声をかける。
「……あの、なにか本はないですか? やる事もないので……」
「……どこか、行きたい?」
聖くんが閉じていた目を開く。聖くんの予想外の言葉に、幼いあたしはえ……? と声を漏らす。
「本当はどこか行きたいんじゃないの? やる事もないし、結界から出られないのは辛いでしょ」
聖くんの言葉の通りではあったけど、幼いあたしはこうして無事に生きていられるだけで感謝するべき事だろうと思っていたから、ワガママだと思って何も言わなかったんだ。
それに、結界から出るのは追っ手に見つかる危険があると、幼いながら思っていたというのもある。
「正直に言いなよ。やりようはあるし、無理してここにいることもない」
「結界の外に出ても大丈夫なんですか?」
そう訊いてみれば聖くんは言う。
「王都ならね。あそこも結界に護られてるから。……それと、王都にいるヤツに頼めば自由に動けるようになる」
「そうなんですか?」
あたしの言葉に聖くんは軽く頷く。
「ちょうど戻れるなら戻ってこいって言われたし、王都に行ってみたいって言うなら連れてくけど? 瞬間移動で連れてくから見つかる危険も少ないし」
そう話す聖くんの言葉に、あたしの表情は無意識のうちに少し明るくなる。
「……決まりってことでいい?」
あたしの表情を見てそう訊ねる聖くん。
「お願いします……!」
そう言えば聖くんは長椅子から立ち上がる。
「支度して」
その言葉に、聖くんの後を追ってあたしも家の中に入った。
これからの出逢いが、あたしの人生を色づけてくれるなんて、当時のあたしは考えもしない。




