2話 温もり(2)
涙をポロポロと零す幼いあたしの姿は、聖くんの目にはどんな風に映っていたんだろう。
ひっくひっくとしゃくり上げてあたしは泣いた。聖くんは椅子から立ち上がると、そんなあたしの側に来てあたしを抱き上げる。
右腕であたしを抱えて、左手であたしの頭をよしよしと優しい手つきで撫でてくれて。それが温かくて。
「泣きたいなら泣けばいい。あんたは子供なんだから。誰かを頼るのは当たり前でしょ。――好きなだけ泣けばいいよ」
その言葉に、幼いあたしは想いが溢れてくるんだ。
「父上……母上――……っ。ぅぅ、ぁぁぁ」
感情がぐちゃぐちゃに混じり合う。
もう父さんにも母さんにも会えないだろう事が悲しくて、辛すぎて。生まれ育った場所を追われて、始末される事が怖くて、意味が分からなくて。
そんな状況の中、優しくしてくれて言葉をかけてくれた事が嬉しくて。
色んな感情が溢れ出して、あたしは泣いたんだ。
◇◇◇
泣き疲れたあたしは、大きなベッドの上で横になっていた。それがダブルベットって言う事を、幼いあたしが知ってるはずもない。
気がついた時に使っていた1階の部屋ではなく、ダブルベッドのある部屋になったのには理由があった。
聖くんは眠らなくても平気だと言ったけど、幼いあたしの方がそれが申し訳なくて、よく知らない男の人だけど、ここまで良くしてくれるのだからと信じて、寝る時は一緒に寝るって事になったからだった。
聖くんが階段を上って2階にやって来る。その手には小さなマグカップがあった。
「ココア。飲んだ事ある?」
あたしは上半身を起こして答える。
「あまい飲みもの……ですよね」
「好き?」
その言葉に、あたしは頷いた。聖くんがベッドの側の椅子に座る。そしてマグカップの持ち手から下に手を移動して、持ち手をあたしに差し出す。あたしがちゃんと握った事を確認して、聖くんは手を離した。
「少しぬるめだけど、あったかいのがいいならあったかくできる」
あたしは一口飲んで、ちょうどいいです。と口にした。温度は熱過ぎず、でもぬるくもなく、丁度良かった。
「それ飲んで、泣き疲れただろうし寝なよ。俺は傍にいるから」
普通の調子で静かに言われるその言葉。でも、心はただ温まる一方だった。
「ありがとうございます……」
あたしは少しずつ、そのココアを飲む。
聖くんは部屋の机にあった本を魔法で浮遊させて手元まで持ってくると、それを開いて読み始めた。
「母上、父上!」
「なぁに? アメリア」
柔らかい笑顔で、母さんが幼いあたしに訊き返す。父さんも、あたしを慈しむ穏やかな表情を浮かべていた。
父さんと母さんがあたしを囲む。
「アルファベットが書けるようになりました!」
そう言って、あたしは父さんと母さんに文字を練習した紙を見せる。
「上手に書けてるな、アメリア! スゴいぞ! 綺麗な字だ!」
父さんがあたしの頭を撫でる。
「そうね。アメリア、いっぱい練習したんだもの。偉いわ」
母さんが、あたしの頬に手を添える。
それは、幸せな時間。
「ベル! 早く早く!」
「待って! アミィー待ってよ!」
愛称で呼んであたしを追い掛ける従姉弟のベルゼ。
「アメリア様! ベルゼ様! お待ち下さい!」
そうやって、侍女達を振り回しては遊んでいた。
「……母上……父上……」
いつかの記憶に近しい夢を見ながら、小さく現で声を漏らす。
そんなあたしの姿を、彼は自分自身と重ねるのだ。
◇◇◇
目が覚める。むくりと起き上がった。少し朧気な夢の記憶を持ったまま、幼いあたしは起きるんだ。
その夢は、幸せだった日々を呼び起こした。そして、あたしは眉を寄せて泣きそうになる。
「辛い夢でも見たの」
多少スペースを開けて隣で聖くんが横になっていた。聖くんがあたしに問いかける。あたしは静かに首を振った。聖くんが上体を起こす。
「……話したくないなら話さなくていい。――1人になりたい?」
静かにそう口にする聖くん。その問いに、幼いあたしは俯きながら口にする。
「わかりません……1人になりたい……そんな気持ちもあります。でも、1人は心細くて……」
「……俺にできること、ある?」
あたしが自分の気持ちを口にすると、聖くんはそう訊ねた。あたしは俯いたまま、言いにくそうに答える。
「……頭……なでてもらっても、いいですか――?」
俯いていたあたしは、聖くんが一瞬目を見開いたことに気づかなかった。
聖くんはその父さんのように大きな手で、ポンポンっと頭を撫でてくれる。
「……このくらい、いくらでもやるから。……だから。今すぐは無理でいい。けど、笑って――?」
(あんたの辛そうな顔なんて見たくない。だって、あんたは俺にとって――)
聖くんが心で飲み込んだ言葉は、あたしには届かない。そして、聖くんの口にした言葉が精一杯の気遣いだという事も、あたしには分からなかった。




