第二十七話「蠢く本と白い鳩」
平和の鐘は君の胸に響くよー
世界が五分前だか、三分前に神様がインスタントラーメン感覚でサクッと作り上げたとかそんな話があるらしい。
もし、神様でも居て軽い調子でこの世と俺を作ったのだとしたら…一言言いたいのだが、俺はなんでこんな奇妙な設定にしてくれたんだ。
ま、俺難しいこと考えると眠くなるからあんまりこーゆー類のことは考えなくないんだけどな。
だってよ、特技が「違う世界に行き来ができます」なんておとぎ話すぎてなぁ…流石に素面でなくても言えないわ。
書斎の整理が終わると、女帝サマは読書に集中したいらしく話しかけても反応が返ってこなくなった。
そんなに周りが見えなくなるほどのめり込むとは思わなかったが、これまでとは違った情報を得ているのだろうか…
「うーん、ちょっと気になる記述があるのよ。イデアではなんて技術になっているかは分からないけどね、まとめて教えるから待ってて頂戴」
そう女帝サマに言われ待っている以外の選択肢が無くなってしまったので俺は大人しく小さな丸椅子で待つことにした。
乾いた紙を捲る音と羽ペンが時折走り、インク壺につける音ですら聞こえてきそうな位の時間が作られている。
無理に話を広げたり、間を繋ぐ必要のない主従関係。
何も始まらないかもしれない、本当ならこの世界に居ないはずの二人ぼっち…棄てられかけた古城には丁度いいかもな。
「あ、あんまり長居させるのも悪いから一度イデアに戻る? 用事があるのならそう言いなさい、従者の事情を汲む位の度量を私は持ち合わせているわよ?」
んー、今は別にいいな。
「あら、そう? 異世界に来てるって言うのに随分とまた冷静なのね」
連れてきたのはお前だろと思いはしたが、言葉が通じて会話が出来るのなら後の心配は水と風土病位なものだと返しておいた。
「ふーん、そんなものなのかしら」
ま、一回死んで異世界に来てる訳じゃないからな、むしろ融通が効く女帝サマなだけマシまである。
嫌だぜ? 肉体労働で炭鉱夫とかやらさせるのは、異世界に迷い込んでまでする仕事じゃない…まぁ、消耗品として使うにしても人がするには業が深すぎる。
「んーなるほど、この召喚術が体系化出来た暁には絶対隷従の式とかを盛り込んで活用すればいいのね」
おい、サラッとこの女帝サマとんでもない四字熟語捻り出してきたぞ、なんだって? 絶対?隷従?そんな危ない魔法がこの世界に存在するっていうのか…!?
「奴隷なんて貴方にそんな事する訳ないじゃない…」
女帝サマは俺には聞こえない小さな独り言を呟いて再び本にのめり込んだ。
書斎と執務室でやっている事が読書だけなのでおんなじ絵面が続くものかと半ば諦めてぼーっと意識の半分飛びかけていた時だった。
コツっコツっと何かを小さく叩く音がして俺は飛ばしていた意識を取り戻す。
なんだ、本が音を立てているだけか? そもそも本が何で自我をもって動いたり話しかけてきたりするのか俺にはサッパリ分からないんだが、なんの意味と効果を見越して本に人格なんて埋め込んでいるのやら…
「ほれそこの若いの、起きたついでじゃしちーっとばっかしこの萎びた陰気な爺さんの話し相手にでもなってはくれんかや?」
ほらな、こーゆー手合いの奴が出てくるから嫌なんだよ。 ちょっと話そうって言いながら一時間は思い出話やら忠告めいた自分の話したい話を続けるんだろ? 知ってるぜ?
俺は本の問いかけを無視しつつ、再び意識を手放そうと試みた。
コッコッ…コッコッ
片付けた本棚の方からだった、小さく木を叩く様な音が不連続にしている。
一度気がつくと意識して耳に入って来るので無視が出来ない。
さっきの話しかけてきた本が発したものかと思って確認したが、辺りの本で動き回っているものは俺の視界からは見当たらない…
部屋の中でほかに本が動き回っているのかもしれない…女帝サマの言う通り、相性の悪い本同士が喧嘩でもしてるってのか。
散乱する羊皮紙と革表紙…散々たる光景を予想して辺りを見回してみたが、俺以外に動いているものは見当たらない…
じゃぁ、なんだってコツコツと木を叩く音がしているんだ。
女帝サマに聞いたって分かるものでもなし、一度本を読み始めた女帝サマは邪魔しないと約束をしている。
それなら一体何が原因なのか部屋の外にでも出て確かめてみるか…
本の虫となっている少女の気にならない様、静かに書斎部屋を後にした。
石畳の廊下に這い出るように出てきた俺は紙の匂いから解放されて新鮮な空気を手に入れた。
息が詰まるってのは過剰かもしれないが、手持ち無沙汰で相方が押し黙っている状況は同じことを強要されている気がする。
はぁ…耐え切れずに出てきたはいいものの、さて…これからどうしたものか。
食糧庫の鍵は俺が持ったままだし適当に根菜類の感じを確かめてみるか…
日本の春先と変わらない程の気温の土地だが果たして四季があるのか、はたまた異世界特有の事象が発生したりしてな。
溜めていた息を吐いて廊下に目をやるとやけに聞き覚えのある鳴き声がして驚いた。
この世界の生態系は異世界という程何でもかんでもかけ離れているものではないのかもしれない。
「くるっぽー」と何を考えているのかいまいち分からない気の抜けた声、そう鳩だ。
さっきまで並び替えていた羊皮紙の本程の大きさで黒みかかった模様のそれは俺が開けてきた扉をじっと見ていた様だ。
扉の目の前にいた理由は分からないが、俺が近づけば飛んでいくだろう。
俺にとっては鳩やら雀やらは益鳥だったり害鳥だったりする。
数を減らすと虫が湧くし、そもそも露地栽培より温室栽培の方が主体だったりするのでそだてる品種によっては関係ないのだが…
「何度か戸を叩かせて頂きましたが一向にお気づきになりませんのね…」
うん…? 小高い人の声が確かにしたと思ったのだが、姿も形もなく…?
「あー、下ですわ。 真下」
…成程? いやいや、下ってきみ、鳩しかいないじゃんかよ。
「だから、そのハトが話していると言っているのですよ、分かりなさい、全く鈍いな人間ですわね」
えぇ…この世界の鳩喋れんの? 市街地とかむっちゃうるさいじゃん、井戸端会議だらけになるじゃん。
寺院とかに余る程いるだぞ、うっわーこの世界どうなってんだ…むっちゃうるさいじゃん。
「はぁ、貴方の驚いた顔などどうでも良いのです、ここにさるお方がいらっしゃると聞き及んでおります、その方にお手紙をお届けに参りましたの」
あぁ、成程…? 女帝サマに文通相手がいるとは意外だったな。
確かに黒い鳩の足元には括り付けられた手紙と思われるものが括り付けられている。
あー、分かりました。さるお方は只今手が離せない状況にありまして、私でよければ取り継ぎますが?
鳩相手に敬語を使うのは何か違う気がするが、相手も敬語なのだからそれは合わせておこう。
「いえ、わたくしが自らお届けしてこそ使命を全うしたと言えますので、この扉を開けてくださいます?」
うーん、女帝サマなんて言うかな…気にしないか? 一応何方の伝書なのかは聞いておいた方がいいか。
すみません、何方の文であるかだけ教えていただけますか?
「あら、これまではその様なことを聞かれたことはありませんでしたが…」
あー、お取り次をする際にお名前が分かりませんとお伝えできませんのでご容赦ください。
なっ、慣れない。そもそもこの世界の言語に敬語とか概念上存在するのかも怪しいのに俺は鳩を相手に何してるんだ。
「それはわたくしが直接お伝えいたしますので、とーびーら、開けてくださいませんこと?」
押しが強いですけどこの鳩、まぁ入れて大丈夫か…
鳩相手にに引き下がってしまう男、天川竜也の姿がそこにはあった。
次回へ続く。




