第二十四話「慣例と法典」
どこかの国の法律は成文化されていないのだそうで、判例だけが積み重なっているんですって。
買い出しに下の町まで買いに行って欲しいものがある。
女帝サマはそう言ってメモを俺に手渡した。
手渡されたメモ書きの文字の解読は俺には出来ない、うんさっぱりだ。
記号で規則性があるのは分かるのでこれが文字なのは理解できるけどな…女帝様が直々に出向く訳にもいかないから俺に買い物を頼むのだろう。
そこまでの理屈は分かるんだけどでもなぁ、俺にとって得が無いし…地図も読めない人間に買い物なんてさせちゃ駄目だと思うんですよ。
遠慮気味にそのことを伝えるとレイラは額に手をやって「しまったわ…そうよ、召喚術式に欠陥があるって今しがたは話をしたばっかりじゃないの、ハァ…」
そこまでお気になさらず、今直近で必要なものなのか? どうしても必要なものなら迷子になるのを覚悟で突っ込んでいくか…
「いいえ、必要なものはこっそりレーヴェの従者が一週間に一回持ってくるから大丈夫よ、ありがとう私の世界の街並みとかちょっと見てほしかったのだけれど駄目ね」
街並みか…やっぱり石造りか煉瓦造りの建物が並んでるんだろうな。
「そうよそうよ! 見せるならやっぱり帝都の大通りかしら? 私が拡張したのだけれど我ながらすっごいきれいな街並みにしたんだからね!!」
聞いただけじゃなぁ…百聞は一見に如かずって言葉も俺の世界にはあるし。
「じゃぁ行きましょうか、帝都!」
女帝サマ、貴方一応お尋ね者なんですよね?それなのに一番警備の厳重な国の中枢部に行くっていうのは避けたほうがよろしいかと…
「冗談よ、あそこに凱旋するときは元老院を吹っ飛ばした後でブランディウム門をこじ開けてやるわ…ふふふふ…」
悪巧みをするのは良いけど、その紙に書いてある文字が全く読めない問題については解決しないといけない課題なんじゃないのか?
「あーっ、そっかタツヤはこの世界の言語とか分からないのよね。すっかり忘れていたわ」
えぇ…きちんと従者の事は把握してもらって良いですかね?
「そうね…これは私側の問題だわ。 口語は自動で翻訳できる様に分解して組み込めたけど、文字の解読を組み込む前に呼んでしまえたから手付かずのはず…認識あっているかしら?」
あぁ、女帝サマの言葉やさっきの優男の言葉はきちんと翻訳をされている。
けど渡された紙のの文字は丸と線がうねうねしてる様にしか見えなくてな、意味のある文字だとはちょっと…
「んー、そうね。 私覚えるのは得意だけど人に何か教えるのは苦手なのよ…」
その買いに行ってきてほしいものってのは今すぐ必要なものなのか?
「そうね…あった方が良いって部類、急いで欲しいものでもないからまた今度にしましょうか」
まーそれなら、俺は皇帝陛下に付き従うのみで御座いますよ。
冗談めいて吐いた言葉に皇帝サマは複雑な顔をする。
俺だっていきなり違う世界に呼び出されて、あれやらこれやら言われたらそんな顔したくもなるって。
「…それでも私の言う事に口を挟みながらもこなしてくれるのは一体何故なのかしら?」
それは…親切心ってやつだよ、きっと…知らんけど。
「あら、そうなのね。 皇帝の座を戴くには美しすぎる私に見惚れての欲望からだとか、帝国を崩して影からこの私を操りたいのではないの?」
さらっと、自分の事美しいとか言ったぞこの娘…とにかく今の所はこの世界に興味があるとかそんな理由で解釈してくれ、女帝サマに対する感情とかは特にない、本当だぞ…本当だぞ?!
「ふーん?」
私は分かってるわと言いたげな余裕のある態度なのがまた腹立つな…それだったら日本語で地図書いてみろ、日本語で。
面倒臭い言語だから女帝サマの知識欲も多少は満ちるだろうよ。
そんなアルファベットみたいなのを並べられた所で俺がそれを読めない事には変わりないしなぁ。
どーにかしてみたら実はローマ字でしたーとか、こっちの言葉に擬態した文字列だったりしない?
紙をくるくる回したりしてみる。
「急にどうしたのよ、鏡合わせにしたからって貴方の世界の言語とは形状も違うわ」
そうなんだけどさ、なーんか匙を投げるってのも個人的には気に入らなくてな。 解析出来れば色々進むだろうし、糸口が見つからないまでも、この文字に慣れておかないといけないからな…
「そう? なら止めはしないわ」
出来たらこのメモとか持って帰ってこっちの世界の言語に当てはめられるか試すんだけどな…出来ないもんな
「そう…なの、残念ながら今の魔法の精度では無理ね」
つまり、俺が呼ばれている術の足りない点として挙げさせてもらうと、
異世界間での物質の持ち込み、文字の言語翻訳機能を女帝サマとしては導入出来たらいいなって感じか。
「そうね、はぁ…出来ないとばっかり…すっごくもどかしいわー」
そんな時は一度深呼吸して、心に余裕を持たせるのが良いんだ、 自分の事を一番分かってあげられるのは自分だからな。俺の国ではこんな時「急がば回れ」って言うんだぜ?
「…それは焦りがちな時は落ち着いて遠回りをしなさいって意味で良いのかしら?」
そうそう。さっすが女帝サマだ頭の回転が早くていらっしゃる。
「はいはい、こんなの何でもないわ。 言葉の羅列と使われた場面を考えれば大体の意味はね。
全く、誰が好きで古語の禁書を国家書庫から引っ張って異世界から人を呼ぶものですか!!」
な、なるほど随分と苦労をされた様で…
「タツヤ、その言い方は正しくないわ。 今、この瞬間にも私は苦労しているのよ? 現在進行形で。それはもう苦労を強いられているの」
そりゃあ女帝サマ、宮廷で日々胡座をかいていれば全て叶えてもらえる生活に比べれば天国と地獄なんでしょーけどね?
暗殺未遂をされたのか軍事的なクーデターを起こされて廃位に追い込まれのかは知らないが、一般農民さんであるタツヤさんには関係ないですね。
しまった隣の芝は雑に青く見えるものだった、と俺は今しがた口に出た言葉を後悔したが後の祭り、女の機嫌の取り方を知らない俺にはこの後の情景が目に浮かんだ…
「わたしは…」
あーあー言葉に詰まっちゃったよ…これはヒステリックにわんわん言う女帝サマの姿が容易に想像できるな、わーい嬉しくねぇ。
腫れ物を扱うと言うか、これじゃぁ爆弾処理でもしてる気分だ、後のことをない脳みそで考えてみろ…穏便に…埋まっている地雷を…避けるだ…それしか道はない!!
「…タツヤ…貴方、私がこの程度の皮肉で感情を露わにするとそう思っているのではないでしょうねー?」
ご、御明察…何だ何だなんで大股でこっちへ向かってくるんだ?
「残念ながら私はね、全国民から国内の問題を解決して欲しいと背負わされて策を実行した結果、全国民から敵視されるに至った女なのよ? そんな謂れもないただのこじつけへ感情を揺さぶられる程、安く出来ていないの…分かったかしら?」
すいっとなんの対抗もなく俺の目の前30センチも無い距離に近づいて来るものだから驚いて心臓が少し跳ねた気がする…
何かしら書類に目を向けていたレイラだったので、真正面から見つめ合う様な構図になるのは珍しい…
「私は言葉に屈したのでは無く、恫喝と謀略を前に屈したのよ」
それは…脅された内容を聞いて良いのか、俺は言葉に迷った。
「別に良いけど…私が引き摺り下ろされる形で廃位された時の事を知って貴方、どうするのよ? 同情でもするつもり?」
紅い髪と金色の瞳が揺れる。
同情なんて俺に出来るわけないだろ、俺その場に居たわけでもないんだから…
じゃぁどうするつもりなのよと言葉に感情の昂りを感じながら俺は火に油を注がない為、ゆっくりと言葉を選んだ。
いやー、こっちの世界には古い法律で目には目を歯には歯をなんて言葉がありましてね?
女帝サマの願いがトントンと進めばそんな恫喝をしてきた連中におんなじことをしてやれば良いなってそう思った次第なのですよ?
俺は正直に言葉を繋げた。安く同情に乗ってあげた方が良かったかもしれない…が果たしてレイラは反応をする…?
しばらく深い溜息が三回繰り返された後、レイラは重くはっきりと口を開いた。
「…タツヤ、私が脅された内容はね、王位継承権から引き起こされる「内戦」なのよ」
え…内戦って国の中で戦争するって事だよな? そりゃまた何でだよ。
「…それはね、慣例と法典だけでは治らないもっと中身がドロドロとした汚らしいモノがあるのよ…」
目を背けたくなる様な貴族同士の派閥抗争だとレイラは続ける、あーまたこれ話が長くなるやつだ。
俺がそう思ったのはレイラが椅子に座り出したからである。
話し始めると、自分の苦労話が止まらないのは分からないでも無いけどな、レイラの話の続きはまた今度にするとしよう…
以下次回へ続く。




