第十五話 対価と銀貨
自分の人生はこれで良いと飲み込んだ溜息が無かった訳じゃないし、夢に手を伸ばしていたいと願っていた愚かしい時期が無かった訳じゃない。
ま、何の話だと聞かれれば俺の話だよ。
結局は夢や目標を叶える為に必要なのは、努力に必要な環境と積み上げられた札束をベット出来るだけの資金力だってな…
世界を変えるものがあるとするならそれは間違いなく俺は金だと思うね。
だってそうだろ? かのキリスト様だって銀貨三十枚で十字架に架けられたのだから。
そういう俺は別に拝金主義な訳じゃない。
ただ…どれだけそれを積めるかが自分の価値である事は疑わないだけさ、俺の懐にはこっそりと銀貨が入っている。良い訳としては上々じゃないか。
だがそれはそれとして俺が目を離したうちに何やらレイラさんが何かあやり始めたらしいが…えっとぉ? レイラ様?
ちょっとしないうちに執務室(仮)の彼女の机の周りには、資料の山と化していた。
何の本や資料だかは俺にはこっちの文字が分からないのでサッパリ分からない。
俺の足音に気が付いたのかレイラは資料の中から立ち上がり、顔を出す。
「あぁ、タツヤ戻ってきたのね。 単刀直入に聞くけど、首尾は?」
いきなり聞いてくるのかとは思ったが…まぁいい、単刀直入なのは嫌いじゃない。
上々とだけ答えるとそれじゃあ足りないわと帰ってきた。
「私の命じたのはそんな抽象的な事が答えでは無かったはずよ、それで?」
別にそんなに睨まなくたっていいだろ、そんなに怖い顔ばっかりしていると将来が怖いぞー?
「はぁ…あのね、私はあいにくとその将来すら怪しいからなりふり構わずに進まなくちゃいけないの。分かってる?」
あ、はい…すいませんでした。
「それで、上首尾に終わったってことは、何か拷問にでもかけたのかしら? 爪か歯でも捥ぎ取ってくれ来たの?」
そこまでするかよ…俺はただ恩赦を口約束してきただけだ。
「えぇ…甘くない? 貴方の国の環境ってよっぽどなのね。」
そう言われてもな…そこまで俺は鬼じゃないって、それにただの農家にそんな期待したらダメだろ、俺が出来る拷問はのは精々飯テロ位だ。
互いに価値観のすれ違いが起きているがレイラは特に気にせず、俺にそれで?と言わんばかりに目で語りかけてくる。
そんな怖い顔すんなよ、折角の美形が台無しだぜ?
ちょっと待ってな、なんかこう発音しづらいんだよあの固有名詞…えっと…あんじゅー?なんとかだ。ア、アンジュー…レヴなんと?違うな、アンジューレヴォ?
「あら、もしかしてだけどアンジュー・レヴィンテ?」
名前を聞いた途端にレイラはあきれた顔で溜息を吐いた後、納得したかの様に俺に続けてと伝える。
…それは誰だって分かってる顔だな
「えぇ、もちろん。それも当然と言えば当然なのよ」
当然…当然?それはどういう意味なんだ?
「ふふっ、当然って私が言った意味、分かってないでしょ?」
確かにそうだが…
「アンジュー家はここら一帯を治める大貴族よ、帝国内でも帝国成立後に服属した家ね。ここまでは分かったかしら?」
…あぁ、なんとなく察しはついた。
「あら、そう?察しの良い男を召抱えられたのは私の幸運ね、それでは私に説明してくれるかしら?」
脚を組み替えながら俺を試す様に見つめるレイラ、
えぇ、わざわば答えが分かっている相手に説明する必要があるのか…俺はそう思いながら、俺は思い当たる悪意あるシナリオを説明する。
簡単に言えば邪魔なんだろう、武力によって力ずくで服属した訳でもない大勢力なんてのは、
勢力を束ねる連中から見ればそれは目の上のたんこぶだってそう言いたいのか?
「なにその目の上のタンコブって…」
あぁ、言葉は通じるけど何この魔法、言葉のニュアンスとか伝わんないのか…
「その様ね、ちゃんとこっちの言い回しになるのかと思ったら…そこも研究が必要なのかしら?」
いや、なんでも自分で出来る訳無いから、一つの事を一生かけてやる奴だっているんだぜ?
「…ふぅ、それもそうね。研究機関なんて復帰すれば簡単に作り直せるもの」
お、おう…
「それで、優秀な従者さん、どうか私に教えて下さる?」
おいおい、急に話を戻すなよ…えぇと、どこまで話したっけ?
「目の上のタンコブって言ってたところよ」
あぁ、そうそう。言葉の意味は目の前の邪魔なものとかって意味なんだけど…
そうだ、目の上のタンコブ…邪魔なものが二つある。
関連性は薄いにしても今ここに一緒になっている。
ん?ちょっと待て、暗殺犯?の元締めってのが?
「帝国の貴族序列第三位のアンジュー家ね。
アレは分家だったかしら?一応当主だったはずだけど覚えてないわ」
そうなのか、レイラって人の顔とかって覚えないんだ。
「違うわ、私に文句といちゃもんつけてくる連中の顔は絶対に忘れないの。
でも、アンジュー家は基本的に自治権侵害しなければなにも言ってこないし、議会にも代理参加だし、印象として影が薄いのよね」
で、その序列第三位のアンジュー家から刺客が放たれたと…わーい、普通なやべーやつじゃん。どうすんだよコレ、もう揉め事消しにきてんじゃん。
堅実だわーアンジュー家、貧乏籤は要らないわって言ってるって絶対…
そうねーとレイラは呑気に構えてるけどなぁ…俺はそうは言ってられないと思うんだが…
「そう? なら…貴方はどんな事を考えてるのかしら、私に…私に全部教えてちょうだい?」
目を細めて微笑むレイラに多分俺の浅い見通しなどは文字通りお見通しなのだろうが、その顔は恐ろしく美しい毒酒の様に見えた。
レイラ自身が蠱毒の成れの果てなんだろう。 俺はそんな間違った感情を抱いてしまう。
…しかし、退位させられた皇帝をレイラみたいな価値観の世界ならそれに基づいて殺さない理由は一体なんだろう。
「因みにだけど私は前皇帝の正妻の子で、今の皇帝は側室の子よ」
因みにじゃねーよ、お前それ結構重要な情報じゃねぇか、そんなの眉唾物の陰謀論と組み合わせ自由じゃん。
おい、まさかその貴族にレイラを旗頭に反乱を起こさせる…とか意図してる訳ないよな…よな?
まさかそんな阿呆みたいな罠貼るために処刑せずに放逐したとかそんな訳無いよな?
「そうね、私が考えたのはアンジュー家内の私の処遇を巡っての反乱だけど、そんな事もあり得るわね。」
反乱…内乱…戦争の筋書きか…物騒なことばっかり考えてんなレイラは…
「あら、そう? 私が書いた筋書きは私から皇帝の地位をあくまで譲り受けた形を取って、私にアンジュー家と反乱を起こさせる。
勿論、それだけじゃ戦力として足りないから国内反乱分子を寄せ集めて潰す…私からしたら一石三鳥な考えをしているものかと思っているんだけど?」
いやいや、こっわ…お互いに話した事は机上の空論に過ぎないけどさ…現実的な話だと思ってしまう。
目の前の赤髪の少女は無学な俺からすると恐ろしいの一言に尽きるわ。
「何かしら?」
レイラが微笑みながら問いかける。あぁ、何でもない…ただ少しだけ考え事をしていただけだ。
「そう?なら良いのだけど」
レイラは広げていた書類を丁寧に綴じてまとめる。
「それで大事なのはここからなの、私たちの目的を果たす為には今の状態を打破する必要があるの」
それは…アンジュー家の魔の手から逃れて、新天地かなんかを見つけ、いつの日か帝位に返り咲くって未来を描く為にって事か?
俺の問いにレイラは答えなかった…どうやら自分が言っている事の誇大妄想加減が分かってもいない様だった。
少なくとも俺は異世界に来る際に、何も神様と名乗る爺さんに特殊な能力を授けられた訳でもない。
ましてただの農家だ。一騎当千の武術者でも才能のまるでない奴に何を期待しているっていうんだ…
俺には無理だ、出来たとしてもロクなもんじゃない。
「はっ…貴方なら大丈夫よ、貴方は奇跡だもの」
何を期待されているか分からないが俺には本当になんにも出来ないんだ。
他人の明日よりも自分の今の方が大切なんだよ。
「でも貴方なら出来るわ、きっと大丈夫」
な、なにを根拠に…なんでレイラはそんな微笑ましく笑うんだ…
俺には理解が追いつかない…なんだってこんな訳の分からない事になっている。
「貴方は私に残った最後の味方なの、それを信じられなくなったら…私はこのままここで朽ちていくしかないのよ」
…それだって本当だって信じられるものじゃない。
レイラの話で合点がいく話は何にもないんだよ。
自分の足でこの城を出た事も無いしな、話をなにも確かめられずに、鵜呑みにして信じろだなんて虫が良すぎるとも思わないか?
口には出せないが、元々あった猜疑心が再燃して今すぐにここを去りたくなったし、なんならレイラを力ずくで捻じ伏せたりして今すぐにイデアへ帰ってやっても良いんだぞ?
そんな事をここまで考えてはいるものの、俺はこの猜疑心に従って良いことが起きた試しが無い。
葛藤などはすれど行動に移す事はしなかった。
「貴方は帝国再興の右腕になれるのよ、地位も名誉も欲しいままなの、分かる?」
再興って…帝国ってのはレイラの親族が帝位を継いでるんじゃないのか?
「そーいう話なら私もまだ諦めがついたの、でも現実はそんな単純明快でも愉快痛烈でもないのよ、今や帝国は私の時とは全く違う国よ」
全く違う国って、レイラが帝位を奪われてからそんなに時間は経ってるのか?
そもそもの話。 まだ時間が経っていないのなら既成事実は固まっていない。
肥料だって撒いた直後に期待される効果がある訳じゃない。 慣らしてその、土壌に浸透させる時間は必要なんだ。
「そーね、私が反乱を起こされて…今月で丁度一年になるのかしら? タツヤ、あんまり私に思い出したくもない事を思い出させない様にして頂戴」
なる…ほど…それで頃合いって判断してここの領主さんはこの離れ古城にレイラの殺害を命じたと?
「タツヤ…相手の思惑なんて知らないけど、門の外はアンジュー家内の兵隊がいるのになんであんなとこから入ってきたのかしら…?」
うーん、それこそ今の皇帝がアンジュー家に罪をなすり付ける為とかなんじゃねーの?
前皇帝の身柄を引き渡したら監督不行届で、死なせましたーなんて問責するには打ってつけのネタじゃん?
「タツヤ、そしたら貴方の持ってきた話は嘘ってことになるけど、いいの?」
あ…わ、忘れてくれ。俺の話を別に信じる必要も何処にもないからな?
「ふーん、貴方変な人なのね。」
それまたどうして?
「だって人って信用が一番取り戻したりそもそも得るのが難しいのよ? なのに俺のことは信じなくてもいいなんてそんな事言う奴初めて見たわ」
まぁ…信用なんて数字にならないものを引き合いにされても、それこそ人によるから変動する確率が高すぎるんだよ…
俺はレイラの疑い深い性格を否定はしない。それは環境と素質に影響させるもので、本人の意図していないものになるからだ。
「…タツヤってなんか優しいのね」
は?どこの脳細胞が逝かれたらそんな冗談が捻り出せるんだ?
止めろやめろ、今更になって純粋さとか出しても無駄だから、俺の中でレイラのキャラは悪役令嬢で決まったから。
これあれだろ?悪役令嬢(皇帝)が因果応報でなんだかんだあっても幸せにならないとかそんなはなしなんじょねーの?
「言葉で人を信じさせるのって簡単なの、例えばはぐらかしたり、うやむやにして都合のいいことばっかり言えばね。
でも貴方はそれをしなかった…私にとってはそれで十分なのよ。
タツヤは自分がこの世界でたった一人の私の従者だと言う事を覚えておいた方が良いわ」
レイラを裏切ると心の内では決まっているものの、今になってもやもやと変に感情が交差して絡まり始めている、そんな中でこの言葉にできないものは邪魔だな…
溜息をついてから話は済んだし、次に何かやる事はあるのかと訊こうとした。
「んーそーね、ちょっとやることが出来たから一旦お城の中の整理とかしてくれれば良いわ」
つまりは自由行動という訳だ。
「そんな曲解するのは貴方くらいよ、タツヤ…そうね、そしたら資料室に押し込められた書類を棚に戻す作業を頼めるかしら?」
なるほどなるほど、あの山か…
「そうなのよ、山になっちゃって仕方ないし、古い時代の資料とか残っていれば残しておきたいからお願いね?」
返事をして部屋を出る。
さて、次にこの扉を叩く時はつまりそういうことだ。
俺は突然舞台に立たされて道化をやれる様な人間ではないからな…俺はこの妙な世界ともお別れしたいんだ。
地下牢への向かう階段が薄らと暗闇に白く伸びている…俺が裏切るからレイラはあんな言葉を使ったんじゃないか。
そう思うと女の勘は恐ろしいな…俺の機微にもしかしたら気づいていたのかのかもしれないなんて…
火を灯したランタンを片手に螺旋を一歩ずつ下ってゆく…ふとポケットに手を入れると前回の報酬として手渡させれた金貨が入ったままになっていた。
溜息も吐けない胸の痛みがが俺の足取りを重くさせている、答えが出ない…どうしたいんだろう…俺は…
次回へ続く…




