8.DAY20 十月十八日(土) 首相官邸 緊急記者会見 二十二時
会見室は、異様な熱気に包まれていた。空調は動いているはずなのに、空気は重く湿り、誰もが息苦しそうだった。
フラッシュが瞬く。
首相が壇上へ姿を現した瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。
この事態について発表したのはわずか四日前、それだけしか経っていない。
それなのに彼女は十年近く老け込んだように見えた。頬はこけ、目の下には深い隈が落ちている。震える手で演台を握りしめながらも、その瞳だけはまっすぐ前を向いていた。
「……国民の皆様。本日は、極めて重大な発表があります」
記者たちが息を呑む。
「現在進行している生体異常について、政府および国内外の研究機関は、ひとつの結論に至りました」
一瞬の沈黙。首相はゆっくりと言葉を続けた。
「この現象は、感染症ではありません」
会場が張り詰める。
「特定の地域や人々に限られたものでもありません。地球上のすべての生命に対して、同時に起きている現象です」
背後のスクリーンにグラフが映し出された。
「現在、私たちの身体では、本来の時間経過とは別に、〝余分な老化〟が進行しています」
ざわめきが広がる。
「その進行速度は日ごとに増加しており、現在確認されている限りでは、前日の約二倍の速度で加速しています」
首相は言葉を切った。震える唇を押さえるように深く息を吸う。そして。
「このまま進行した場合――」
会場中が固唾を呑む。
「およそ二週間後、すべての生命活動が限界に達すると予想されています」
誰かが小さく悲鳴を上げた。それを合図にしたように、会場のあちこちからすすり泣きが漏れる。
「現時点で、この現象を回避する手段は確認されていません」
カメラがわずかに揺れた。
「政府は残された時間の中で、国民生活の支援と社会秩序の維持に全力を尽くします」
首相は一度目を閉じた。
「どうか……どうか大切な人と時間を過ごしてください」
その声だけが、少しだけ首相ではなく、一人の人間のものに聞こえた。
続いて、厚労大臣が立ち上がった。
原稿を持つ指先が白くなるほど力が入っている。
「細胞老化は指数関数的に進行しています。すでに昨日の倍の速度です」
かすれた声が会場に響く。
「約二週間後には免疫系を含む生命活動の維持が不可能になります」
大臣は言葉を探すように視線を落とした。
「私たちは、この現象を説明するために、〝生命内部の時間〟という概念を用いています」
会場の記者たちが必死にメモを取る。
「これは突然死ではありません」
一瞬の沈黙。
「私たちが本来何十年もかけて使うはずだった人生の時間を、短期間で使い切ってしまうだけなのです」
会場から嗚咽が漏れた。
次に科学技術庁長官が演台に立つ。その顔は疲労で青白かった。
「原因については現在も調査中です」
長官はそう前置きしたあと続けた。
「ただし、亡霊彗星の尾に含まれる未知の粒子が、〝生物内部の時間〟に干渉した可能性が極めて高いと考えています」
会場は静まり返っている。
「この現象は地球上すべての生命に同時に発生しています」
長官は一度言葉を止めた。そして小さく首を振る。
「止める手段は――現時点では、ありません」
会場は重い沈黙に沈んだ。
*
明日奈は、終電にゆられながら窓の外を流れる夜景を眺めていた。
窓に映る自分の顔は、能面のようだった。車内の乗客たちも似たような表情をしている。
誰もがスマホを見つめ、誰も話さない。
二週間後。
十一月一日。それがわたしたちの終着点なのか。
手術まで、あと一週間。
——手術なんかして、意味があるんやろか。
世界が終わるのに。
その夜。世界各国で同時に行われた終末宣言は、人類史上かつてない衝撃として広がった。
誰もが自分の残された時間を数え始めた。
だから、その日。
奈良県桜井市で行方不明になっていた少女の遺体発見のニュースは、多くの人の目を通り過ぎていった。
新聞の社会面の片隅。数行だけの記事。
そこには、こう記されていた。
——遺体発見に伴い、被害者宅を家宅捜索。
それだけだった。




