7.DAY17 十月十五日(水) 奈良県桜井市
姉ちゃんがいなくなって十七日目。
今日、姉ちゃんのカバンが見つかった。
発見されたのは、学校近くの山の中。家とは反対側の方だった。近くから、姉ちゃんの靴も見つかった。
でも、それだけだ。
姉ちゃんがどうなったか。わからない。
姉ちゃん、どこにいるんだろ。学校行くの、そんなに嫌だったのかな。
姉ちゃんが学校へ行きたくないって言い出したのは、夏休みが終わって一週間くらいたったころだった。
突然だったので、母さんも父さんも驚いていた。でも、ぼくはなんとなく、そうなる気がしていた。
最近の姉ちゃんは、ドアを閉める音が大きかった。返事をするまでが長くて、夜中に何度もトイレに起きた。ぼくには、それがよくない感じだとわかった。
母さんは、部屋に閉じこもる姉ちゃんを毎朝むりやり車に乗せて学校へ連れていった。
毎日。
それが嫌で、どっかへ行っちゃったのかな。でも、カバンはいらなくても靴はいると思う……ぼくは、そこから先は怖くて、できるだけ考えないようにした。
とにかく、姉ちゃんがお腹すいてませんようにって思った。
家には、おばあちゃんとぼくと大樹。お母さんとお父さんは、姉ちゃんのことを尋ねるためのチラシを配りにいっている。
警察や消防団の人たちは、毎日捜索を続けてくれている。
家の周りにはまだ警察の規制線が張られたままだ。近所には、カメラをもったテレビの人たちや野次馬っていう関係ない人らもいて、外は騒がしい。
だから、ぼくはずっと学校を休んでいる。
二階の窓、カーテンの影からこっそりと、外をうかがう。
今日は、カバンが見つかったので、いつもの倍ほどの人が見える。
学校へ行かなくてもいいのは、落ち着けるから好きだ。姉ちゃんが、学校よりも家にいるのがいいって言ってたのは、あたっていると思った。正直、嘉月らの顔を見なくていいのはとても嬉しい。
でも、大好きな天文の資料を見に、図書館にまで行けなくなってしまったのは困った。
おばあちゃんに、行ったらだめかと聞いたら、
「学校へも行ってない子が、図書館にいたらおかしいでしょ」
と言われた。納得はいかなかったが、おばあちゃんの言うことは守らなければならない。おばあちゃんを困らせたくなかった。
ぼくは、ネットで資料を集めながら、C/203X Q13の軌道を、何度も計算したりした。
C/203X Q13について、いちばん気になったのは、尾がなぜ二重に見えるかだ。
尾について調べていると、C/203X Q13「地球に、あの尾が地球に触れていた可能性が高い」ことなんかがわかった。
彗星の尾っていうのは普通、塵みたいなものだけど、C/203X Q13は、ただの塵じゃないみたいだ。
二重に見えるのはなぜなんだろう。
尾は理屈からいって、やっぱり一つのはずだ。それが二つに見えてるとしたら……、ずれてるってことになる。何がずれてるんだろ。
尾が二重に見えるのは、時間が少しずれて見えているからじゃないか。パラパラ漫画の絵みたいに。
そう思った。
ちょっとおもしろいと思った。だけど、いくら探してもそういう研究や意見はネットでは見つからない。もっと専門的なところじゃないとだめだと思った。
そこでぼくは、ハワイのマウナケア天文台へメールを送ることにした。AIに頼めば、英語だって問題ない。
ぼくは、自分の考えた可能性をまとめて、送信した。それが、もう一週間前。
そう簡単に返事をもらえるとは思わなかったけど、この一週間、メールチェックを一日に三回するのがぼくの楽しみになった。
今日も十八時、ぼくは机のパソコンをあけてみる。すると。
——画面の下に、新しいメールのしらせ。
やった!
ぼくは、胸をドキドキさせながら、メールマークをクリックする。返信マークのついたメールが届いていた。
マウナケア天文台からだ。ぼくはすぐに翻訳してみる。
返信してくれたのは、エレナ・パークという研究者の人で、ぼくと同じ歳の子がいるお母さんらしい。
エレナさんは、ぼくがしっかり調べていることに驚き、褒めてくれた。
そして、〝時間〟が鍵だという点についても、「正式な発表はまだできないが、その可能性が高いと考えている」と答えてくれた。エレナさんは、その中で、あくまでも自分の考えていることとして、時間に関する話を教えてくれた。
エレナさんの話を、ぼくは三回読んだ。難しかったけど、こういうことらしい。
宇宙には宇宙の時間がある。でも生き物には、生き物だけの時間、〝生物時間〟がある。ぼくらは、その二つを同じものだと思っていただけっていうことみたいだ。そういうのを、生物が〝外部時間〟に同期しているっていうらしい。人には体内時計があるっていうのは聞いたことがある。体内時計は、きっちり二十四時間じゃなくてずれがある。だから、朝日を浴びてちゃんとリセットしないと夜寝れないって話だ。
今回の彗星で問題なのは、この彗星が〝生物時間〟に大きく反応するってことみたいだ。
最後にエレナさんは、
——サクラ、今はまだ難しいだろうけど、時間は二種類あること。それが時間的なズレとなって、あのように二重に見えた。私たちは、今そう考えています。まだまだ異論も多く、発表できるものじゃないけれど、あなたの真っすぐな真理に対する研究心に敬意を表して、わたしの今現在の意見を伝えます。だから、これはオフレコでお願いね。
それでは、どうかあなたの中の時間を大切にしてください。
203X.10.14 エレナ・パーク
そう、締めくくられていた。
これがあの天文台から届いたというだけで、ぼくの心臓は爆発しそうなほど、激しく高鳴った。
そして、ぼくの意見を認め、さらにその先を説明してくれていた。
ぼくは部屋を飛び出し、おかあさんやおばあちゃんに知らせようと思った。
これがどれほどすごいことか、元気のないお母さんだって、これを聞けば喜んでくれる。
階段を駆け下りると、居間からお父さんと母さんの怒鳴り声が聞こえた。
言葉はわからない。でも、二人とも怒っているのだけはわかった。
耳の奥に大きな声が反響する。ぼくは両耳をふさぎ廊下にしゃがみこんだ。
どのくらい、そうしていたんだろ。
気づくと、おばあちゃんが、ぼくの横にいた。
おばあちゃんはぼくの背中をさすりながら、「二階に上がっておきなさい」と言って、ぼくを連れて行ってくれた。
ぼくは、ベッドにもぐりこんで頭から布団をかぶり、一生懸命、彗星の軌道数式に集中した。
頭の中がようやく静かになってきて、ぼくはそっと手を耳からはずした。
大きな音はなにも聞こえなかった。
エレナさんに教えてもらったばかりの体の中の時間、〝生物時間〟のことを考えた。
ああ、この時間がもっと早く過ぎてくれたらいいのに。そしたら、ねえちゃんも戻ってきて、母さんと父さんも仲良くなって……。
ぼくはそのまま、いつのまにかうとうとと眠ってしまった。
夢の中で、姉ちゃんがすごく早く動いてみせて、ぼくに「遅いぞ」って、自慢気に話していた……
ふと、ぼくは暗闇の中、目覚めた。
下で、何か物音がした気がした。
何時だろ。枕元の時計を見ると、夜中の一時過ぎ。
夜の暗闇の中で、ぼくはじっと耳を澄ます。
物音がした。
外、庭を歩く音だ。誰かが庭にいる。
その気配は、家の裏手へ消えて……
ぼくは、動けず、じっと耳を澄まし続けた。
夕食を食べ損ねていたので、おなかがすごくすいている。
でも、下へ行くのは怖かった。
しばらくして、また音がした。今度は裏手から戻って来る。
そして、ガチャッというドアの閉まる音――、台所にある勝手口だ。
え、入ってきた? 泥棒?
ぼくは、怖くて身を固くしていた。
でも、そのあとは何も聞こえない。
泥棒なら、探したり、何かするはず……、しばらく待っても音はしてこなかった。
ぼくは勇気を出して階段を降りた。
居間は真っ暗だった。誰もいない。夢だったのかもしれない。
そう思ったのに、胸のざわざわは消えなかった。
ぼくは急いで部屋へ戻り、布団を頭までかぶった。
目を固くつむって耳だけに集中していたけど、そのあとも物音は聞こえなかった。
次、目覚めると朝になっていた。
朝からお母さんに、夕べ何か物音がしなかったかって、聞いてみたけど、お母さんは、何も知らないと言った。
「それよりも、学校へ行けないのなら、勉強はちゃんとしなさい」と言われた。
学校を休み始めてもう二週間以上になる。一度も教科書をあけていないぼくは、急に心が重くなった。
そこへちょうどおばあちゃんが来てくれた。
お母さんは、すぐに部屋にひっこむ。
大樹が生まれてからお母さんの身体の調子が悪くなった。おばあちゃんはそのために来てくれてるのに。……お母さんはよけい寝込むようになった。
お母さんはおばあちゃんが苦手なんだと思う。だから、おばあちゃんがうちに泊まったことは一回もない。一度ぼくが、おばあちゃんに泊ってよって言ったときも、おばあちゃんは夕方には帰っていった。
そのとき、お父さんが「母さん」って言って謝っていたのを覚えている。お父さんが、「母さん」っていうのは、あたりまえだけど、少し不思議な気がして覚えている。
それでも、おばあちゃんはいつもぼくらに優しい。
まだ、ぼくらのおばあちゃんになって二年しかたっていないけど、ぼくはおばあちゃんがつくってくれるポテトが好きだ。夕ご飯は、ちょっと茶色が多いけど、それは我慢できる。
結局、お母さんにもお父さんにもメールのことは言えてなかった。
姉ちゃんなら、すごく喜んでくれるはずなのに……。
しかたないので、あとでおばあちゃんに話すことにする。おばあちゃんなら、喜んでくれそうだった。




