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12.DAY24 十月二十二日(水) 大阪府 大阪城公園

 大阪城、桜門の前にある修道館。

 斑木は軍団長の席に深く腰を沈めた。

 修道館。今ではこの建物すべてが、自分のアジトだった。

 それだけで少し気分が良かった。

 長髪を後ろでくくり、化粧で目にクマを描いたこの男は、数日前までは大阪南をねじろにする、半グレのボスにすぎなかった。

 それがわずか二日で、この大阪で、暴動の中心となっているSCの行動部隊「生誕軍」の軍団長だった。

 目の前に置かれた大型テレビの画面を見ながら、斑木は毒づき、唾をはいた。

映っているのは、SC代表の天城天諭だ。

 ——ほんと、いつもイッちまったような目をしてやがる。

 もとは単なるキリスト教の小さな一派の宣教師だった奴も、いまや「現代のシェパーズ・クレード」SCの代表様だ。

 斑木はグラスにウイスキーを注ぐと、

「世界の終末に万歳だ」

 ひと口で飲み干す。

 バビロンだとか、世界の清浄化だとか、そんな御託はどうでもよかった。

 ただ今あるものを、全部ぶっこわしていいってことだけが気に入って、こいつに乗っただけだ。

 ——まあ、好きなようにやってくれ。俺は自分のやりたいことができればそれでいい。

 ノックをして男が入ってきた。

「団長、第三部隊のやつら、天王寺で警察とぶつかったみたいです。応援をだしましょうか」

「鼻の奴、何してんだ。あいつ行かせりゃいいだろ」

「第十七部隊は、まだ戻ってませんが。たしか団長がお命じになったかと」

「——ああ、そうだったか。何やらしてもとろい奴だな。世界は終わっちまうんだぞ。ちんたらしてる暇なんかねえだろうが」

 酒の入ったグラスを投げつけられ、男は慌てて下がっていった。

「どいつもこいつも、使えねえ」

 斑木は、つばを飛ばし熱演を続けるテレビを、乱暴に消した。

    *

 ぼくは、森の中から、周りを見回した。

 広い交差点の向こうにはNHKとかかれた、見上げるほどのきれいなビル。

 振り返ると、外堀の向こうに、見たかった大阪城天守閣がある。

 白壁に黄緑の屋根が、青空にきれいだ。

 次にどこへ行こうか迷ったとき、大阪城なら、森もあるし、少しはゆっくりできるかもと思った。

 環状線が止まっていたので、地下鉄でここまで来た。

 駅を出て大阪城公園に近づくにつれ、なぜか人がいなくなった。

 大阪城公園の森に入っても、人の姿は見えない。

 ぼくが大阪城の天守閣に行こうか迷っていると、いきなり白い服を着た怖そうな人たちが現れた。

 ぼくはあわててこの建物の陰に隠れる。

 白服の集団は、目の前の丸い建物の中で騒いでいる。

 建物には、カフェって書いてあるけど、お店はやっていそうにない。

 時々、信じられないような奇声や、怒鳴り声があがる。その度にぼくは、びくりとなった。

 見つかったらと思うと、それだけで胸がぎゅっとなる。

 ぼくは、建物の陰で、静かになるのをじっと待っていた。

 そうしていると、キュルルッっとタイヤの音を響かせて、黒い車が公園に突っ込んできた。

 窓ガラスまで真っ黒な車が、目の前で止まる。

 ぼくはますます身体を縮める。

 ドアがガシャッと乱暴な音をたてて開くと、次々と人が出てきた

 ぼくは、最後に出てきた男の鼻を見たとたん、目が離せなくなる。

 くの字に曲がった大きな鼻。しかも右鼻が、避妊猫がする「さくら耳」みたいに切れている。

 出てきた三人の男たちは、車の中から女の人をひきずりだした。

 何かとんでもないことが起きている。ぼくは息をとめ、目だけで見ていた。

「なあ、このままやっちまおうぜ」

「ばか、兄貴にばれて死にてえのか」

 鼻の男がそう言って、男の頭をはたいた。

 突然、女の人が「やめて!」と叫んで、暴れた。

 激しくもみあったあと、女の人が走りだす。

 でも、すぐに鼻の男につかまれ、女の人は倒れてしまう。

 そのときだ。

 ぼくの目の前に、黒光りする物が転がっていた。

 暴れた拍子に男が落としたんだ。

 拳銃だ。

 テレビで刑事が持ってるやつ。石畳の上に、黒い金属の塊が光っている。

 この女の人を助けなきゃ。

 ぼくは、それしか考えていなかった。

 お姉ちゃんのことを思い出したからかもしれない。

 ぼくは、あまり考えもなく、目の前の銃をとった。

 そして、男たちに向けた。

「やめて!」

 ぼくは、声をだしたけど、かすれて小さな声しか出なかった。

 でも……男たちは、ぴたりと止まって、ぼくを見た。

「おい、ぼうず、やめとけ。それこっちに渡せ」

 鼻の男が、のそりと近づいてきた。

 怖い。

 鼻の男が一歩近づく。

 ぼくは目をぎゅっと閉じた。指が勝手に動いた。

 バンッ! 

 耳をつんざく音。反動で腕が跳ね上がる。目を開けると、鼻の男が石畳の上に倒れていた。

「兄貴!」

 うめき声と男たちの声が響く中、女の人が走ってきて僕の手をとった。

「逃げるよ」という声が耳に飛び込んできた。

 ぼくは、手をひかれるまま走った。

「逃げる」、そのために必死で走った。

 どのくらい走ったんだろう。

 ビルの間をいくつも抜け、ぼくたちは、小さな橋の下に隠れていた。

 ハアハアする息をなんとかおさえようとしたけど、無理だった。

 心臓は爆発しそうで、おさまらない。

 女の人が、強く握っていた手をゆっくりほどいて、ぼくを見た。

「ありがと、ほんまに、助かった……」

 黒いジャケットを着た、かっこいいお姉さんは、にこりと笑った。

 女の人は明日奈といった。

「で、君はどっから来たの」

「奈良県の桜井」そう答えると、お姉さんは、「えっ」と言ってぼくの顔をのぞきこんだ。

「桜井って、……あんた、もしかして皆川さんとことの子?」

「うん、そうだけど」

 突然、明日奈さんは笑い出した。

「うわ、もうびっくりやな。こんな大阪で、わたしを助けてくれたヒーローが、あんたやなんて」

 一人笑って、それから「ごめん、ごめん」と言った。

「わたし、あんたの家の近所の甲斐や。わかるかな。わたしはもう五年前に家出てるけど、何回か顔見たことあるで」

 甲斐さんは、確かにうちの近所だ。そういえばそこのお姉さんに助けてもらったことがあった。

「前に、怒ってくれた……」

「そうそう、それや」明日奈さんは笑って、ぼくの頭をぽんぽんとした。

 ぼくが「お姉さん」というと、「なんかそれ、こそばいな。明日奈でええから」というので、そう呼ぶことにする。

「あいつら、あのままってわけにはいかんからな。とにかく頑張って逃げよっ」

 ぼくはうなずいて、

「マラソンは苦手だけど、ドッヂボールとか、逃げるのは得意だよ」と言った。

 ぼくらは、あたりをうかがいながら、川沿いの道を進む。  

 しばらく行くと、橋の下に秘密基地みたいな所があった。

 ぼろぼろのほつれた青いブルーシート、汚れた段ボール、黒くカビのついたベニヤ板。そんなのを組み合わせて、区切られている。

 その時、橋の上に、あの白い服が見えた。

 ぼくらは、急いで目の前の、その秘密基地に逃げ込んだ。

 中には誰もいず、段ボールが敷かれたところに、空き缶がいっぱいつまったゴミ袋が幾つも積んであった。

 行き場がない。

 ぼくらは積まれた空き缶の袋の陰に身を押し込んだ。

 しばらくして、男の声がした。

「おい、確かあいつらやったぞ」

「どこ行った?」

 がさりと音がして、人が入ってくる気配。

 と、別のしわがれた声がした。

「おまえら、何しとるんじゃ。そこはわしんとこやぞ」

「おっさん、ここらで子どもづれの女、見んかったか?」

「知らんで」

「……あっち探すぞ。絶対この近くや」

 そう言って、男たちの気配が遠のく。

「おい、おまえら、いつまでわしのねぐらにおるつもりや」

 ぼくらは、缶をガラガラいわせて、這い出た。

 そこには、灰色作業着のおっちゃんが、ぼさぼさ頭にひげだらけの顔で立っていた。

「ありがとう。おっちゃん」

 明日奈が頭をさげると。おっちゃんは、興味なさそうに「ふん」と言って、

「おっちゃん、お願いやから、もうちょっとだけ、ここおらしてくれへんかな。追われてるねん」

「面倒なことはごめんやぞ。まあ、じっとしてるなら、わしの知ったことじゃない。勝手にしろ」

 そういうと、おっちゃんは、ポケットからカップ酒を出して、それを一人飲んで寝てしまった。

 そのあとも何度か、外で人の気配がした。

 明日奈は、じっとぼくの肩をだき、外を気にしていた。

 何もせずじっとしていると、頭の中で突然、

 パンッ。あの音が鳴った。

 鼻の男が倒れる場面が勝手によみがえる。忘れようとしても消えない。

 耳を押さえて小さな声でうなると、少しましだった。

 そうして、いつのまにか、ぼくは寝てしまった。

    *

 その夜、大阪城にある修道館の中で、斑木が吠えていた。

「おまえ、女に逃げられたうえに、ガキに足を撃たれただと。ふざけてんのか」

 ワインの瓶が男の頭に振り落とされる。

 男は、その場に倒れうめいた。

「すみません兄貴」

「なにが兄貴だ。俺は軍団長様だろうが」

 革靴で男の頭を踏みにじる。

 血を流し、うめく男の前で、斑木は言った。

「てめえ、この部屋を汚すんじゃねえ」

 蹴とばされ、転がった。

「おい、鼻。面白いことやろうぜ。賞金をかけよう。そうだな、一億だ。どうせ金なんて意味ないんだ。ここはしっかり奮発してやろうぜ。ネットで呼びかけろ。おまえ、その女の写真撮ったっていってたな。そいつを公開しろ、一億の賞金首だ。ただし、ちゃんと生きて連れてこいよ。俺の楽しみはちゃんととっとくんだ。わかったな」

 そう言うと、もう一度〝鼻〟の横腹を蹴り上げた。

    *

 翌朝、まだ薄暗いうちに、ぼくらは、おっちゃんを起こさないように出ていこうとした。すると、向こうを向いたまま、おっちゃんが言った。

「この川を下流に向かって行けば、大きな道までは見つからんぞ」

 それだけ言って、また眠ってしまった。

 ぼくらは、そっとお礼をいって出発した。

 明るくなる前に少しでも遠くへ行こうと、ぼくらはおっちゃんに教えてもらったとおり、川を下流に向かった。

 明るくなる頃には、大きな道に出ることができた。だけど、ここからは見つからないよう、注意しなきゃいけない。

 細い裏道を歩きながら、スマホを見ていた明日奈が教えてくれた。

「JRは止まってるけど、地下鉄はまだ動いているみたいや。でも電車はあかん。絶対、あいつらに見つかるから」

「近鉄に乗らないと、帰れないよ」

「あのな、あいつらはSCっていう大きな組織や。あいつらが本気になったら、逃げるの、ほんまに難しい。できるだけ、歩きで行こ」

 その時だ、目の前の交差点に入ってきた車が急ブレーキで止まった。

 窓から顔を出した男は、白服だった。

 男が一人降りてこっちへ向かって来る。

 ぼくらは、すぐに横道に入り、走った。

 次の角を曲がると、その先は行き止まりになっていた。

 どうしよう——

 そのときだ。

「こっちだ」と声がした。

 見ると、昨日のおっちゃんが、ゴミ捨て場の所で、手招きをしている。

 ぼくらは、そっちへ走った。

「この中へ隠れてろ」

 そう言われ、ぼくらは、ゴミステーションの金網の中に滑り込む。

 中はひどいゴミのにおいで、えずいてせきこみそうになった。ぼくは、服に顔を押しつけて必死で我慢した。

 金網から外が見える。

 男が一人こっちへ、警戒しながらやって来る。

 その男の横を、おっちゃんは何気ないふりで歩いていく。

 男がおっちゃんに一言声をかけたが、おっちゃんは首を振って、そのまま歩いていく。

 男は、こちらへきた。

 そして、そのまま通り過ぎる。

 少しして、戻って来た男は、走って離れて行った。

 ごみの臭いに耐えられず、もう限界で、ぼくが頭をあげようとしたら、明日奈に頭をおさえられた。

「もうちょっと我慢し」

 ぼくは、苦しくて涙がこぼれた。

 もうゲロしそうで、このまま死ぬと思ったころ。

 おっちゃんがやってきた。

「もういいぞ。おまえら出てこい」

 そう言ってぼくの手をひっぱりあげてくれた。

「助かりました。二度もありがとう」

 明日奈の方をまともに見れないのか、おっちゃんはうつむいて言った。

「ああ、あれや。空き缶引き取ってくれる業者がおらんようになってな。こっちの方やったらと思って来たけど、こっちもあかん。そしたら、ちょうどおまえら見えてな。なんとなく気になったから、まあ、同じ橋の下で過ごしたんや。ちょっとぐらい気になるやろ」

 そう言うと、ぼくの方を見て、しわのある目じりを下げた。

 おっちゃんの違う顔を見るのは初めてだった。

「じゃあな」と言って、おっちゃんは帰っていった。

 ぼくらはまた、東へ向かった。

 そのときは、まだ知らなかった。ぼくと明日奈を追う賞金首の情報が、もうネット中に広がり始めていたことを。

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