10.DAY22 十月二十日(月) 奈良県桜井市②
ユニバーサルシティ駅になんとかたどり着いたのは、お昼だった。
その瞬間、目の前の看板が目に入った。
「本日臨時休園」
頭の中が真っ白になった。
今日はやっていない……。
ぼくは、しばらく次のことを考えられず、向こうに見えるUSJのゲートをぼんやりと見ていた。
ぼくと同じように、知らなかった人たちが何人かうろうろしている。いつもなら人で埋まっているゲート前広場は、今日は静かだった。
ぼくは気をとりなおして、ゲートまで歩き、人がいっぱい並んでるところを想像しながら入口ゲートを見て回った。
ゲート向こうをのぞいても、誰もいない。見たい順番まで考えてきたのに……。
その場に座り込み、リュックから出したペットボトルを飲みながら、どうしようかと考えた。
世界は終わるんだ。
だから、ぼくはどうしてもUSJを見たかった。
なんとか入る方法はないか……、そんなことを考えながら、USJの周りをゆっくりと一周した。
だれかに呼び止められるかもしれない。
それだけは警戒し続けた。
ぼくは、人がいないところを選び、できるだけ普通に散歩している人みたいな顔をして歩いた。
けっきょく、その日は夕方までうろうろとあたりを行ったり来たりしているだけだった。
ぼくはコンビニで買ったおにぎりをほおばりながら、ゲート近くに座り込み、夜を待った。
決行は夜遅くになってからだ。
今日は朝も早かった。はじめてこんな遠いところまでひとりで来た。
だから、ぼくは、これまでの人生でいちばん疲れていた。すぐにまぶたが重くなり、いつのまにか眠ってしまった。
静かな夜の中で、ぼくは目が覚めた。一瞬、ここがどこかわからなくて慌ててしまう。
あたりは静かで、暗がりの中、向こうに見えるゲートだけが明るく浮かび上がっているのが見えて、自分が何をしていたか思い出した。
ビルの黒い影の向こうから、まだ街のざわめき響いて来る。あたりに動くものはなかった。
時計を見ると、夜の十二時を回ったところだった。
大阪の夜は、ずっと静かじゃなかった。
夜の空に反射して、光とたくさんのざわめきがこぼれてくる感じだ。
ぼくはゲート近くの建物の金網のところへ行く。ここの柵は他よりも低い。
見つかったらどうしよう。その考えが頭をよぎるたび、足の裏が冷たくなる。
それなのに、引き返したいとは思わなかった。
乗り越えた。
目の前には、夜のユニバーサルスタジオがある。
昼間なら人でいっぱいの広場が、しんと静まり返っていた。
ぼくはそっと一歩足を踏み出す。
靴底が石畳をこする、小さな音。その音がやけに遠くまで響いた気がして、思わず肩をすくめる。
誰かが飛んでくるかもしれない、と思って息を止めた。
何も起こらない。
ただ風が、建物のあいだを抜けていく。それだけだった。
ぼくはゆっくりと顔をあげる。街灯がついている。ショーウインドウも、看板も、昼間と同じようにそこにある。なのに、誰もいない。
そのことが、不思議なくらいだった。まるで最初から、人間なんていなかったみたいに。
昼間のUSJは、人の声でできている。
テレビでも見ても、みんな笑っていて、叫んでいて、どこまでもにぎやかだ。
でも今は違う。
建物の輪郭がはっきりと見える。窓枠の細い影。ポスターの端が少し浮き上がっている。旗が揺れる速さ。全部静かで、正確だ。
ぼくは立ち止まり、ひとつひとつ確かめるように見て歩いた。
きれいだった。誰かが急に話しかけることもない。何かを答えなくてもいい。笑わなくても変じゃない。
世界がそこにあって、ぼくがそれを、ただ見ている。それだけでよかった。
遠くで、かすかに金属のきしむ音がした。
びくっと肩が跳ねる。
警備員かもしれない。逃げなきゃ、と頭では思うのに、足が動かなかった。
暗い通りの向こうに、ぼくの好きなキャラのアーチが見えていた。
昼間は人でよく見えないそれが、今は空に浮かんでいるみたいだった。
吸い寄せられる。ぼくは息を殺したまま、そちらへ歩き出した。
一歩。また一歩。こわい。
でも、それ以上に見たかった。
今、この瞬間、この場所を知っているのは自分だけだと思うと、胸の奥が熱くなった。
ぼくはアーチの下で立ち止まる。
見上げた先の暗い空に、小さな星がひとつだけ見えた。
そのとき、ふいに思った。
ああ、ここはほんとうにあるんだ。昼間のきらきらした作りものじゃない。夜の静けさの中で、ちゃんと息をしている。
そのことがうれしくて、誰にも見られていないのを確かめてから、ほんの少しだけ笑った。
姉ちゃんがいなくなってから、はじめて笑った気がした。
夜のUSJは、ぼくだけのために残された世界みたいだった。
終わるなら。世界がほんとうに終わってしまうなら。
最後にここへ来られてよかった。
ぼくはそう思いながら、もう一度夜空を見上げた。
すっかり小さくなったC/203X Q13の青白い尾が、夜空に伸びていた。




