第2話 初めてのボスとエルフと街並みと
新しい朝が来た。
地獄の朝だ。
森を歩き続けて、もう二週間。
こんなに恐ろしい朝は、初めてだ。
僕が寝床にしている木の下を見てほしい。
ホーンラビットが、わんさかいる。
白い綿毛の絨毯だ。
「…………」
この二週間で、ホーンラビットを狩りまくった。
その意趣返しなのか、一昨日の群れに襲われたときなんて……今思えば可愛いものだったな。
高い位置で眠っていて、本当に良かった。
サバイバル目的で取得した闇魔法【気配断絶】も、完璧じゃないのかな?
そう思って、試しに【気配断絶】を解除してみる。
すると――。
ホーンラビットが、一斉にぴょんぴょんし始めた。
「……今まで僕のこと、見えてなかったんだな」
効果はちゃんとあったみたいだ。
でも、どうしよう。
降りたら死ぬ。
そりゃ恨まれる覚えもある。
最初に狩ったホーンラビットの角が思ったより硬くて、これを武器にして食材を狩りまくっていたら、魔物の血を大量に吸ったせいか、赤黒くなっていったんだよ。
この禍々しい角の武器が原因なのかな?
そう思い、今朝方にでも捨てようと思っていたら――このザマだ。
「…………」
そんなことを考えていると。
僕の身長くらいある、巨大なホーンラビットが現れた。
ふわっふわの巨大な毛玉。
その額には、長い角が一本。
誰がどう見ても――ボスだ。
角の根本なんて、僕の太ももくらいあるじゃん。
ボスは木の真下までやって来た。
「ブッブッブッブッ! ブブブブ……!」
「やっべ!」
不自然に震え始めたボスを見て、僕は木から飛び降りた。
その瞬間――。
バゴォンッ!
直径一メートルはある大木が、ボスのミサイルみたいな体当たりによって薙ぎ倒された。
「うわぁっ!」
着地すると同時に、僕は走り出した。
木が倒れた方向にだけ、ホーンラビットはいない。
だから、全力疾走だ。
ひたすら走る。
それでも――。
追ってくる音が、少しずつ。
段々と。
確実に近付いてくる。
そして、ホーンラビットの鳴き声が響き渡る。
「ブブッブブッ! ブブブブブブブ……!」
僕は振り向いた。
ボスが、矢のように飛んで来ている。
目の前には、槍のような角。
首を振ろうが、何をしようが、この距離では絶対に避けられない。
ならば――。
僕は口を開け、横を向いた。
――――――――――――――――
ボスラビットの角が、僕の横顔を貫く。
正確には、口の中に入り、左頬を内側から外側へ貫いている。
「ぐっ……!」
僕も同じ方向へ蹴って飛び、歯と手でボスラビットの角を抑え込む。
そして――。
突然、森から飛び出した。
舗装された石畳。
街道だ!
僕とボスラビットが飛び出したことで、近くの馬車が急停止したのが見えた。
ボスラビットも、いきなり森の外に出たことで戸惑っている。
その隙に、口から角を抜く。
どうやらボスが先行してきたらしい。
群れから離れ、ここにいるのは僕とボスラビットだけ。
つまり――。
一対一だ。
僕は手をバキバキと鳴らした。
「好き放題やってくれたな? ボスラビット」
拳を構える。
「さぁ、かかってこい!」
僕の挑発に、ボスラビットも応える。
「ブブッブブッ! ブブブブブブブ……!」
闘志を剥き出しにして身体を震わせ、再び発射してくる。
バリスタのような角が、眉間スレスレを通過した。
僕はそれを、蹴りで下から打ち上げる。
真っ直ぐ上へ蹴り上げられたボスラビットが、落下してくる。
その瞬間――。
全力全開の一撃を放った。
朱色のホーンラビットの角が、ボスラビットの角の横に刺さる。
そのまま――。
バキィッ!
立派な角を、ほぼ根本から叩き折った。
コテン。
コテン。
巨大な毛玉――いや、ボスラビットは転がった。
そして、涙目になったボスラビットは、ブブブブと鳴きながら森へ帰っていった。
「逃げるなら、命までは取らないよ」
図太い槍みたいな角は、手に入ったしね。
僕は手にした角を見る。
「なんか……これ、この赤黒いホーンラビットの角を下から突き刺したら……」
角を構える。
「できたっ!」
良い感じの槍。
「ラビットホーンランス……ウサランスと名付けよう」
名前は決まった。
後で削って形を整えなきゃね。
持ち手が、あまりにも雑だから。
「……あの! 大丈夫ですか!?」
「ちょっと、リリカ! あぶないわよ!?」
馬車の中から様子を窺っていたのか。
ボスラビットが逃げた後、人が出てきた。
いや――人じゃない。
耳が長い。
「エルフ……?」
「お怪我があります! 治療を!」
銀髪エルフ。
とても可愛いですね。
でも、こんなお嬢さんに心配させるなんて、おじさん失格だ。
「心配してくれてありがとう。大丈夫、これくらいなら治せるよ」
僕は傷口に手を当てる。
「【ヒール】」
森の中で怪我は致命傷だからね。
ちゃんとスキルポイントを振って、【ヒール】は取った。
水魔法と光魔法がLv3になったら取得可能だった。
どうやら、スキルにも必要レベルがあるみたいだ。
僕の頬は、すぐに元通りになった。
「……良かったですぅ」
銀髪エルフちゃんは安心したのか、その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫?」
僕は手を差し伸べる。
けれど――。
パシッ。
払い除けられてしまった。
もう一人の赤髪エルフの娘によって。
「リリカに触るな! この野蛮人!」
野蛮人……。
どこに?
ぼくぅ!?
「エイラ! 初対面の方になんてことを言うのですか!」
「だって、こんなみすぼらしい恰好で森の中から出てくるのよ! もうすぐ街だっていうのに!」
エイラと呼ばれるエルフの娘に言われ、僕は自分を見る。
確かにボロボロだ。
浮浪者と言われても不思議じゃない。
風呂にも入れていないしな。
シャワーは水魔法で浴びたけど。
でも、それよりも――。
街道の向こう。
遠くに見えるんだよ。
街が。
城が。
そして――城門が!
「やっと街に……!」
声が震える。
「街に着いたぞおお! やったああ!」
嬉し過ぎて叫んでしまった。
年甲斐もなく。
大声で。
涙が出るくらい、嬉しかったんだ。
だって、これで家族のもとへ帰るための手掛かりを探せる。
ようやく、一歩進める。
エルフっ娘の二人は、ものすごく引いていたけどね。
それでも、僕を馬車に乗せてくれるんだから、二人とも優しい子なんだろう。
まずは、なぜ森から出てきたのかを聞かれた。
僕は、自分の事情を簡単に説明する。
魔王のせいで故郷を消され、散り散りにされた。
膨大な魔力に当てられて、記憶がかなり飛んでいる。
――という設定にしておいた。
普通に信じてくれた。
魔王の設定は、それなりに盛ったつもりだったんだけどな。
驚かれないということは……。
……予想の数倍は強そうだぞ、魔王。
「私はエルフの……国から来たリリカ・ミルフィードです。ギルドの受付嬢に任命されたので、やってきました」
リリカは、ザ・お嬢様という感じのエルフだ。
エルフの貴族と言われても、驚かない自信がある。
「私はエイラ・ユーアインよ……。悪かったわね。まさかホーンフォレストを二週間も彷徨ってたなんて思わないじゃない。よく生きてたわね。ホーンラビットに追われて……しかもボスにまで……」
バツの悪そうな顔をするエイラ。
なんでも、リリカに這い寄る虫――男はごまんといるそうだ。
それで、いきなりツンケンしてきたらしい。
そりゃそうだよね。
僕から見てもリリカは可愛い。
エイラも可愛いけれど。
そして、衝撃の事実。
ホーンラビットは、ホーンフォレストの中でも最もヤバいモンスターだったらしい。
数が多い上に、角が硬い。
盾も相当な上物でないと簡単に貫かれるため、狩れる者が少ないそうだ。
僕、初めてのモンスターはホーンラビットだったよ?
「ホーンラビットの異変を解決するために、ギルドの手伝いを任命されたけど、もう解決したわよね、コレ」
エイラの呆れ混じりの言葉に、リリカはうんうんと頷く。
異変?
まぁ、あの数は異変なのかも?
普通を知らないから、何とも言えない。
「ボスの討伐はできませんでしたが、角は折れ、戦意は喪失しています。角の折れたホーンラビットは、ボスとは言え、不遇の扱いをされるでしょうから……」
そんな……。
ボスラビット。
丸いモフモフのぬいぐるみみたいで、ちょっとお気に入りだったのに。
しかしながら、不安事項が一つ。
「これだけで、証明になるのかな?」
僕は、撃退報酬とも言えるボスラビットの角で作ったウサランスを指差す。
馬車に入らなかったので、馬車の外に引っ掛けてもらっていた。
「それだけでも証明になりますし、この馬車には映像魔法もありますから、それを見せれば、みなさん納得されるかと」
「ハイテクー」
どんだけー。
技術力、もはや地球と遜色ないのでは?
中世な雰囲気をイメージしてたけど、東京みたいな街並みだったらどうしよう……。
そうこうしているうちに、街の手前へと辿り着く。
検問の順番待ちだ。
……僕は入れるのかな?
「あんた、身分証明すらできなさそうね。そもそもお金ある? 魔導具で犯罪歴を確認されるけど、問題無ければ500ゼミーで入場許可証を貰えるわよ」
僕に金目の物はない。
そもそもポーチすら持っていない。
身に付けている物で高価な物なんて――。
僕は懐から、布に包んであったネクタイを取り出す。
これだけは、地球から持って来られた物だ。
多分、神様が複製してくれたんだろう。
ボロボロになったカッターシャツやスラックスと違って、布に包んで取っていた。
シルバーに、ピンクの斜めのストライプ柄。
妻と娘に、誕生日プレゼントで貰った物だ。
簡単に手放すなんて、と思われるかもしれない。
でも――。
今は、街に入ることの方が大事だった。
家族のもとへ帰るために。
僕は差し出す。
「わぁ、綺麗なタイですね。良いですよ。立て替えましょう」
「え? 良いの? リリカ。ダサくない?」
「エイラ、そんな心にも無いこと、言わないの」
「…………」
偽物かもしれない。
それでも、すごく助けられたんだ。
森の中。
暗い夜を乗り越えられたのも、このネクタイのおかげだった。
だからこそ、ボロボロにしたくない。
大事に扱ってくれる人の傍に置いてほしい。
僕の願いが通じたかは分からない。
けれど、リリカは笑顔で僕のネクタイを受け取ってくれた。
「ふーん、生地だけは良さそうね。ツヤツヤ」
エイラは興味津々な顔で、ネクタイをツンツンしていた。
そうこうしている間に検問は終わり、僕は街の入場許可証を手に入れた。
僕は馬車から降りる。
そして――。
その街並みに圧倒された。
門の先では市が開かれており、様々な人種が右へ左へと行き交っている。
エルフもいる。
ドワーフもいる。
人間もいる。
獣人やリザードマンもいる。
街並みは想像通り中世。
でも、街は活気付き、輝いているようにさえ見えた。
「ふふ。ようこそ、バンダルギア王国、西の城塞都市ウェスタリアへ。と言っても、私達も初めてですが」
「何かあったら、私達のとこに来なさいよ。この西門から少し北東にある西の冒険者ギルドで働いてると思うから」
浮かれているのは僕だけじゃない。
馬車から顔を出すリリカとエイラもだ。
「ところで、お別れの前にお名前、良いですか?」
「そーよそーよ! 名前くらい教えなさいよ! もしかして、名前も忘れた?」
中々お別れしないな、と思ったら――。
僕は、まだ名乗っていなかった。
これは失礼。
でも、なんて名乗ろうか。
うーん。
「ノリ……ノリ・ブラックシート。好きに呼ぶと良いよ。これからお世話になりそうだしね」
紀臣だからノリ。
そして海苔だからブラックシート。
安直過ぎるかな?
まぁ、異世界だし、それくらい許されても良いよね?
「ふふ、ありがとうございます。ではノリさん。また」
「ノリ! ちゃんとホーンラビットの件、報告に来なさいよね! ばいばーい!」
そして僕は、エルフの二人と別れた。
街を散策する。
……そして。
一文無しということを思い出した。
「食料の次は……金策か」
夜は森に戻って、眠るしかない。
無一文でもギルドに行けば良いと気付いたのは――。
翌朝起きて、しばらく経った後だったとさ。




