初めての街と冒険者ギルド
森を抜ける。
木々の隙間から、少しずつ光が差し込んでくる。
「……もうすぐね」
リリアが前を見ながら言った。
「本当に?」
「ええ。もう森の出口よ」
ハルは前を見る。
やがて木々が途切れ――。
「……!」
森を抜けた先で、ハルは思わず立ち止まった。
少し開けた高台になっている。
そこから見下ろすように、遠くに大きな街が見えた。
街を囲むように、高い外壁が続いている。
その向こうには、いくつもの建物が並んでいる。
「……大きな街だ」
ハルは思わず呟いた。
「そうね」
リリアが笑う。
「まずは街の入口まで行きましょう。あの大きな門を通れば街に入れるわ」
リリアが遠くに見える門を指差す。
ハルはその門を見つめる。
「……あそこか」
二人と一匹は、街の入口へ向かって歩き始めた。
門の前に着くと二人の門番が立っている。
「止まれ」
門番の一人が声をかける。
「冒険者証は?」
「私は持っています」
リリアが冒険者証を見せる。
門番は確認すると、ハルを見る。
「そっちは?」
「……ないです」
「身分を証明できるものは?」
「何も……」
ハルは苦笑する。
「この街に入るなら、通行料として銅貨五枚だ」
「銅貨五枚……」
ハルはポケットを探る。
もちろん何もない。
するとリリアが銅貨を取り出した。
「私が払うわ」
「え、いいのか?」
「大した額じゃないから。後で返してね」
「ありがとう……」
リリアが銅貨を渡す。
門番はそれを確認すると、二人とポチを通した。
三人は街の中へ入っていく。
門を抜けた瞬間――。
「……!」
ハルは思わず立ち止まった。
街の中は、人で溢れていた。
人だけじゃない。
獣の耳を持つ者。
長い耳を持つ者。
背の低い者。
見たことのない姿の者まで、様々な種族がいて賑わっている。
「……異世界って、こんな感じなのか」
「異世界?」
「……いや、なんでもない」
ハルは周囲を見渡す。
ポチも興味深そうに辺りを見回していた。
「お前も楽しいか?」
「ワン!」
尻尾を振るポチを見て、ハルも笑う。
「まずは冒険者ギルドに行きましょう!」
「あぁ!」
二人と一匹は、街の中心へ向かって歩き始めた。
しばらくすると、大きな建物が見えてくる。
入口には剣と盾を描いた看板が掲げられていた。
「ここが冒険者ギルドよ」
「ここが……」
ハルは建物を見上げる。
中に入ると、たくさんの冒険者がいた。
剣を持った人。
大きな荷物を背負った人。
獣の耳を持った冒険者。
受付には何人もの職員が並んでいる。
「人が多いな……」
「ここは大きな街だからね」
リリアに案内され、ハルは受付へ向かう。
「冒険者登録をしたいんですけど」
「はい。新規登録ですね」
受付の女性が紙とペンを差し出す。
「こちらに名前と必要事項をご記入ください」
ハルは紙を見る。
「……」
文字が並んでいる。
知らない文字のはずなのに――。
「……読める」
「え?」
ハルは自分でも驚いた。
「いや……なんでもない」
ペンを手に取る。
「書ける……」
手が自然に動く。
まるで最初から知っていたかのように。
ハルは少し不思議に思ったが、今は気にしないことにした。
紙に名前を書く。
――町田ハル。
「はい。ありがとうございます」
受付の女性が紙を確認する。
「町田ハルさんですね」
「はい」
「職業は……料理人、ですね」
「はい」
「料理人の方が冒険者登録をされるのは、珍しいですね」
「そうなんですか?」
「ええ。魔獣の肉を扱う料理人は多いですが……」
受付の女性が少し不思議そうにハルを見る。
「ハルさんは、ご自分で魔獣を狩るおつもりですか?」
「はい。自分で狩って、その肉を料理してみたいんです」
「なるほど……」
受付の女性は少し驚いたように笑う。
「料理人の方が、狩りまでされるのは珍しいですね」
「そうなんですか?」
「はい。普通は冒険者の方が獲ってきた魔獣を、料理人が仕入れることが多いですから」
「なるほど……」
ハルは少し考える。
「でも、自分で獲った方が、いろいろな魔獣を食べられそうじゃないですか?」
「ふふっ。なるほど。それが理由なんですね」
「はい。いろいろ食べてみたいんです」
受付の女性が少しだけ困ったように笑う。
受付の女性が説明を続ける。
「冒険者にはランクがあります」
「ランク?」
「C、B、A、そして最高位のSランクです」
「じゃあ、最初は?」
「新規登録の場合はCランクからになります」
「Cか……」
「ランクが上がれば、受けられる依頼も増えていきます」
「どうやったら上がるんですか?」
「依頼を達成した実績や、冒険者としての活動内容などを見て判断されます」
「なるほど」
受付の女性が冒険者証を差し出す。
「こちらが冒険者証です」
小さなカードのようなものだった。
「これがあれば、どの街でも身分証代わりになります」
「なるほど……」
ハルは冒険者証を受け取る。
「これで、俺も冒険者か」
「そうね」
リリアが笑う。
「これで色々な街に行けるし、依頼も受けられるんだな」
受付の女性が続ける。
「依頼を受ける場合は、あちらの掲示板から自分のランクに合った依頼を選んで、こちらの受付までお持ちください」
ハルは掲示板を見る。
そこには大量の紙が貼られていた。
「薬草の採取……荷物の運搬……街の外の調査……」
「いろいろあるでしょ?」
「本当にいろいろあるな」
ハルは依頼書を眺める。
そして、ふと気づく。
「……魔獣討伐の依頼も沢山ある」
「もちろん」
リリアが言う。
「この世界では、魔獣は危険な存在だからね」
「……そうか」
ハルは冒険者証を握る。
「これから頑張ってランクを上げて、色々な魔獣に出会いたいな」
「そうね、応援してるわ」
ギルドを出ると、リリアが街の奥を指差した。
「次は市場に行きましょう」
「市場?」
「色々な食材を見たいんでしょう?」
「……!」
ハルの顔が一気に明るくなる。
「行こう!」
「ふふっ。分かりやすいわね」
二人と一匹は市場へ向かう。
市場には、見たことのない野菜や果物、魚、肉が並んでいた。
「すごい……」
ハルは一つ一つの食材を眺めていく。
白い根菜を手に取る。
「これは……見た目は大根に似てるな」
紫色の野菜。
「こっちは……ナスっぽい」
「こっちは……」
赤い実を見つける。
「あ、これ知ってる」
ハルは以前、森で食べた赤い実を思い出す。
「森にあったやつだ」
「あなたがソースに使っていた実ね」
「うん。美味しかったな」
「そうね。凄く美味しかったわ」
リリアも思い出し微笑む。
その時だった。
「……ん?」
ハルの鼻が何かを捉えた。
「この匂い……」
市場の一角。
小さな屋台から、香ばしい匂いが漂ってくる。
「串焼きね」
リリアが言う。
「……行ってみよう!」
屋台には、焼き上がった肉の串が並んでいた。
「いらっしゃい!」
店主が声をかける。
「これ、何の肉ですか?」
「近くで獲れた魔獣の肉だよ」
「魔獣……!」
ハルの目が輝く。
「一本ください」
「銅貨二枚だ」
ハルは固まる。
「……」
「どうしたの?」
「俺、お金持ってない」
「……そうだったわね」
リリアが苦笑しながら銅貨を二枚渡す。
「はい」
「ありがとう!」
ハルは串を受け取る。
肉を一口食べる。
「……!」
噛む。
旨味がある。
だが、少し硬い。
そして――。
「……この味」
ハルは串を見つめる。
「何かに似てる」
「何?」
「俺の故郷で食べてた、醤油って調味料に似てるんだ」
「しょうゆ?」
「ああ。豆から作る調味料で、肉にも魚にも合うんだ」
もちろん、この世界に醤油はないだろう。
でも、この肉に使われているタレには、どこか醤油に近い香ばしさがあった。
「……これ、どうやって作ってるんですか?」
ハルが店主に聞く。
「豆から作ったタレだよ。肉に合うんで、うちじゃよく使ってるのさ」
「ちょっと舐めてもいいですか?」
「いいけど……」
ハルはタレを少し指につけ、味を見る。
「……なるほど」
塩気。
それに、発酵したような深い旨味。
「醤油そのものじゃないけど……凄く似ている! 使い方次第では、日本にいた時のような料理が作れるかもな……!」
ハルの料理人としての感覚が動き始める。
「この肉、もう少し薄く切って、火から少し離して焼いた方がいいと思います」
「え?」
「今だと表面が焼ける前に水分が抜けて、少し硬くなってる」
「それとこのタレ、少しだけ甘味を加えた方が美味しくなります」
「……料理人なのか?」
「はい。今日、冒険者にも登録したばかりです」
「冒険者?」
「魔獣の肉を自分で手に入れて、料理したいと思って」
店主は目を丸くする。
「料理人なのに冒険者か。そりゃ珍しいな」
「そうみたいです」
「なるほどな……」
店主は少し考えたあと、笑った。
「だったら、兄ちゃんが言うようにやってくれ」
「ありがとうございます!」
ハルは肉を受け取る。
まず肉を少し薄く切る。
火から距離を取り、じっくり焼く。
そして、タレにも甘味を加えたい。
「ご主人! 何か甘味のある調味料はありますか?」
「これなんかどうだ? 植物から作る調味料なんだが……」
「……これ、砂糖か!?」
ハルは主人から受け取った白い調味料を少し口に入れ、味を確かめる。
「砂糖だ!! これ使わせて貰います!」
醤油の様なタレに、今貰った調味料を混ぜ軽く煮立たせる。
「うん。うまい! 少し物足りないけど…焼き鳥のタレだ!」
仕上げに、焼き鳥のタレを塗りながら焼く。
「……よし」
肉から香ばしい匂いが立ち上る。
近くを歩いていた人が足を止める。
「なんだ? いい匂いだな」
「新しい串焼きか?」
少しずつ人が集まってくる。
ハルは焼き上がった肉を店主に渡す。
「食べてみてください」
店主が一口食べる。
「……!」
「どうですか?」
「……柔らかい!」
もう一口食べる。
「タレも塩味だけでなく甘味もあり、うまい!」
店主は笑う。
「兄ちゃん、凄いな!」
近くにいた客も興味を持ち、串焼きを注文し始める。
「俺もそれくれ!」
「私も!」
屋台が少しずつ賑わっていく。
ハルはその様子を見ながら、少し慌てつつも嬉しそうに笑った。
「……やっぱり料理って楽しいな」
リリアも串焼きを一口食べる。
「うん。確かに美味しい!」
「だろ?」
ハルは串を見つめ、ふと、森でのことを思い出した。
巨大な狼を食べた時。
風を纏ったウサギを食べた時。
あの時は、食べ終わったあとにスキルを獲得した。
けれど――。
「……あれ?」
ハルは少し考える。
今回の肉を食べても、何も起こらない。
そういえば、森でリリアからもらった魔獣の肉を食べた時も、スキルは手に入らなかった。
「……魔獣を食べれば、必ずスキルが手に入るわけじゃないのか?」
「どうしたの?」
「いや……」
ハルは首を傾げる。
「なんか、条件があるのかもな」
「……最初に食べた魔獣と、今回の魔獣では何が違ったんだ……」
ハルは自分の手を見る。
「……まあ、そのうちわかるか」
店主がふと思い出したように口を開く。
「そういえば、兄ちゃん」
「はい?」
「冒険者で料理人なら、魔獣の肉を探してるんだろ?」
「もちろん」
「だったら最近こんな噂を耳にしたぞ」
「何ですか?」
店主が真剣な表情になる。
「最近、この街の近くに妙な魔獣が出るんだ」
「妙な魔獣?」
「ああ。何人かの冒険者が見たらしい」
「どんな魔獣ですか?」
「それが、よく分からないんだ」
店主は首を振る。
「姿を見たと思ったら、すぐに消えるらしい」
ハルは少し考える。
「……食べられますか?」
「やっぱりそうなるのね?」
リリアが呆れたように言う。
「大事だろ?」
「普通そうはならないわ…」
ハルは笑う。
だが、その隣で――。
ポチがじっと街の外を見つめていた。
「……ポチ?」
「……」
いつもなら尻尾を振っているポチが、珍しく動かない。
その金色の瞳は、街の向こう――。
森の方を見つめていた。
「どうした?」
「ワン……」
ポチは小さく鳴いた。
ハルには、その意味がまだ分からない。
ただ、ポチはしばらく森の方を見つめていた。




