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魔獣料理人の異世界紀行 ~食べて、旅して、強くなる~  作者: 町田トモ


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2/8

風を駆ける魔獣

 朝。


 小鳥の鳴き声で、ハルは目を覚ました。


「…………」


 ぼんやりと目を開ける。


 目の前に広がっていたのは、見慣れない木々。


 そして。


「……そうだった」


 昨日の出来事を思い出す。


 異世界。


 巨大な狼。


 黒い子犬。


 魔獣。


 そして――。


「スキル……」


 ハルは自分の手を見つめた。


 「《身体強化(フィジカルブースト)》」


 スキルを呟き、試しに近くに落ちていた枝を握る。


 ――パキッ。


「……やっぱり」


 普通なら簡単には折れない太さだ。


 ハルは自分の手を見つめる。


「本当に、強くなってる……」


 夢ではなかった。


 そのとき。


「ワン」


「ん?」


 足元から声がした。


 ポチがハルを見上げている。


「おはよう、ポチ」


「ワン!」


 ポチは尻尾を振った。


「……腹減ったな」


「ワン!」


「お前もか」


 ハルは苦笑した。


 昨日の狼肉は――。


「……っていうか」


 ハルは焚き火跡の横を見る。


 そこには、ほとんど何も残っていなかった。


「昨日の肉、ほとんど食べたよな?」


「ワン!」


「いや……」


 ハルはポチを見る。


 体長五十センチほどの小さな身体。


 どう見ても、そんなに食べられるようには見えない。


「お前、小さいのによく食うな……」


「ワン!」


 むしろ誇らしげだった。


「……まあ、いいか」


 ハルは笑った。


「今日も食材を探さないとな」


「ワン!」


 * * *


 森は、昨日よりも明るく見えた。


 朝の光が木々の間から差し込んでいる。


 鳥の鳴き声。


 葉が擦れる音。


 遠くから聞こえる獣の声。


「……日本の森とは全然違うな」


 ハルは周囲を見回した。


 大きな木。


 見たことのない植物。


 色鮮やかな花。


 そして。


「……あれ?」


 木の枝に赤い実がなっていた。


「食べられるかな……」


 ハルは近づく。


 実を一つ取る。


 匂いを嗅ぐ。


 甘い香りがする。


「……昨日の赤い実とは違うな」


 慎重に少しだけ齧る。


「……甘い」


 もう一度実を齧る。


「うん。これは食べられる」


「ワン!」


 ポチが近づいてくる。


「お前も食べたいのか?」


「ワン!」


 ハルは実を一つ渡した。


 ポチが口に入れる。


「……どうだ?」


「ワン!」


 気に入ったらしい。


 ハルは実をいくつか採った。


「これだけじゃ腹は膨れないな……」


 もっと何かないか。


 そう思ったときだった。


 ――ガサッ。


「……?」


 茂みが揺れた。


 ハルは立ち止まる。


 ポチも耳を立てた。


「何かいるな」


 茂みの奥を見る。


 次の瞬間。


 白い影が飛び出した。


「うわっ!」


 目の前を何かが横切った。


 速い。


「なんだ今の!?」


 ハルが振り返る。


 少し離れた場所に、一匹の動物が立っていた。


 大きさは普通のウサギよりもかなり大きい。


 体長は八十センチほど。


 白銀の毛並みに、長い耳。


 その耳の先は淡い水色に染まっている。


 そして――淡い水色の瞳。


 身体の周囲には、まるで生き物のように風が渦巻いていた。


「……ウサギ?」


 ハルは思わず呟いた。


 見た目こそウサギに近い。


 だが、明らかに普通の動物ではない。


「……異世界って、ウサギまでデカいのかよ」


 その瞬間。


 ウサギの後ろ足が地面を蹴った。


 ――バシュッ!


「うわっ!」


 一瞬で姿が遠ざかる。


「速っ!」


 ハルは慌てて追いかける。


 足に力を込める。


「《身体強化(フィジカルブースト)》……!」


 昨日手に入れた力を意識する。


 身体が軽くなる。


 足に力が集まる。


「……これなら!」


 ハルは地面を蹴った。


 ――ドンッ!


 身体が一気に前へ進む。


「速い!」


 自分でも驚くほどの速度だった。


 だがまだ上手く使いこなせず、ウサギとの距離は縮まらない。


「……それでも追いつけない!」


 ウサギは振り返ることもなく、木々の間を駆け抜けていく。


 そのたびに足元から風が噴き出している。


「なるほど……あの風を使ってるのか」


 ハルは走りながら観察する。


 そして。


「少し慣れてきた……!」


 さらに力を込める。


 身体強化された脚で地面を蹴る。


 距離が少しずつ縮まっていく。


「いける……!」


 しかし、その瞬間。


 ウサギが急停止した。


「――!」


 身体を反転させる。


 そしてハルに向かって跳んだ。


「うわっ!」


 目の前を白い影が通り抜ける。


 風圧で身体がよろめく。


「くっ……!」


 振り返る。


 ウサギはすでに遠くへ逃げている。


「……速すぎるだろ」


 ハルは息を整える。


 そのとき。


「ワン!」


 ポチが前へ飛び出した。


「ポチ?」


 ポチはウサギを追うのではなく、別の方向へ走っていく。


「……何する気だ?」


 ウサギが再び走り出す。


 その進行方向に――ポチが回り込んだ。


「……!」


 ウサギが急停止する。


 目の前にはポチ。


 後ろにはハル。


 左右には木々。


「なるほど……!」


 ハルは笑った。


「ポチ、そっちから追い込んでくれ!」


「ワン!」


 ポチが一気に走り出す。


 ウサギも逃げる。


 右へ。


 左へ。


 だが、ポチが先回りする。


「そこだ!」


 ハルも距離を詰める。


 ウサギが方向を変える。


「逃がすか!」


 ハルも進路を変える。


 ウサギが風をまとった。


「来る!」


 ――バシュッ!


 ウサギが一気に加速する。


 だが。


「ポチ!」


「ワン!」


 ポチが横から飛び出した。


 ウサギの進路がわずかにずれる。


「今だ!」


 ハルは地面を蹴った。


 スキルのおかげで一気に距離を詰める。


 手を伸ばす。


「捕まえた!」


 ハルの腕がウサギの身体を捉えた。


 だが――。


「うわっ!」


 ウサギの身体から強烈な風が吹き出した。


 ハルの身体が持ち上がる。


「こいつ……まだ抵抗するのか!」


 必死に腕へ力を込める。


「ポチ!」


「ワン!」


 ポチがハルの足元へ飛びつき、地面を踏みしめる。


 ハルも歯を食いしばる。


「離すか……!」


 《身体強化(フィジカルブースト)》の力を全身に集中させる。


「うおおおっ!」


 風に耐えながら、ウサギを抱きしめる。


 やがて――。


 ウサギの動きが止まった。


「……はぁ……はぁ……」


 ハルは息を切らしながら、その場に座り込む。


「……捕まえた」


「ワン!」


 ポチが嬉しそうに尻尾を振る。


 ハルはウサギを見る。


 淡い水色の瞳が、じっとハルを見つめていた。


「……お前、すごいな」


 そして、ポチを見てハルは笑った。


「俺たち、いいコンビになれそうだな」


「ワン!」


 ポチは嬉しそうに鳴いた。


 ハルは立ち上がる。


「さて……」


 捕まえたウサギを見る。


「……食材になるかもしれないな」


 ウサギの耳がピクッと動いた。


「……悪いな」


 ハルは近くの石を手に取った。


「ありがたく、いただきます」


 * * *


 ハルは昨日の焚き火跡へ戻ってきた。


 灰をかき分ける。


「……あった」


 灰の奥に、小さな赤い火種が残っている。


「まだ消えてなかったか」


 ハルは乾いた草を集めた。


 火種の周りにそっと置く。


 そして。


 ふっ。


 ふっ。


 息を吹きかける。


 小さな煙が立ち上る。


「頼む……」


 もう一度。


 ふっ――。


 小さな炎が生まれた。


「……よし!」


 ハルは火種を薪に移す。


 少しずつ炎が大きくなっていく。


「昨日の経験が役に立ったな」


「ワン!」


 ポチも嬉しそうに鳴いた。


 ハルは簡単な調理場を作った。


 ウサギの肉を捌く。


 思ったよりも柔らかい。


「……これは期待できる」


 そして。


 昨日採った赤い実と香草を取り出す。


「これ……一緒に使えるか?」


 ハルは石を使って赤い実を潰す。


 果汁がじわりと染み出す。


 そこへ香草を細かく刻んで加える。


 香りを確かめる。


「……うん」


 赤い実の甘酸っぱさ。


 香草の爽やかな香り。


「これならソースにできそうだ」


 ハルはさらに石で潰しながら混ぜ合わせる。


「簡単だけど……」


 少しだけ味見する。


「……悪くない」


 異世界で初めて作るソース。


 ハルは少し嬉しくなった。


「これを肉に合わせてみるか」


 ウサギの肉を串に刺す。


 火の上へ。


 ジュウッ――。


 脂が落ちる。


 香ばしい匂いが広がる。


「……いい匂いだ」


 ポチが隣で尻尾を振っている。


「まだだぞ」


「……」


「そんな顔しても駄目」


「クゥン……」


「あと少し」


 表面がきつね色になっていく。


 ハルは肉を回す。


 焼きムラがないように。


 火を強くしすぎない。


 じっくり火を通す。


「……よし」


 串を火から外す。


 ハルは肉を皿代わりの葉の上に置いた。


 そして。


 先ほど作った赤い実と香草のソースを、焼き上がった肉にかける。


 赤いソースが肉の表面をゆっくりと流れる。


「……完成」


 ハルは一口食べた。


「…………」


 噛む。


 柔らかい。


 狼肉よりもあっさりしている。


 そして。


「……甘い」


 肉そのものに、ほんのりとした甘味がある。


 そこへ赤い実の甘酸っぱさ。


 香草の爽やかな香り。


「……うまい」


 ハルは思わず笑った。


「これ、塩があればもっと化けるな」


 料理人としての感覚が刺激される。


「……塩、絶対に探さないとな」


 ポチが隣で肉を見つめている。


「ごめん、一緒に食べよう!」


「ワン!」


 ハルは肉をポチに渡した。


 ポチが一口で食べる。


「うまいだろ?」


「ワン!」


 その瞬間。


 ハルの頭の中に、あの声が響いた。


『スキルを獲得しました』


「……!」


 ハルの動きが止まる。


『《風歩(ウィンドステップ)》を獲得しました』


「…………」


 ハルは目を見開いた。


「また……?」


 胸の奥に、昨日と同じ感覚が広がる。


 身体の中を風が通り抜けるような感覚。


「《風歩(ウィンドステップ)》……」


 名前からして、風に関係する能力だろう。


 ハルは立ち上がった。


「ちょっと試してみるか」


 目の前に木がある。


 ハルはその木を目標にする。


「《風歩(ウィンドステップ)》……」


 スキルを呟く。


 足に力を込める。


「……行け!」


 ――シュッ!


「うわっ!」


 身体が一気に前へ飛び出した。


「速っ!」


 止まれない。


「ちょ、待っ――!」


 ――ドンッ!


 ハルは木に激突した。


「痛ってぇぇぇ!」


 地面に転がる。


 ポチが駆け寄ってくる。


「ワン!?」


「大丈夫だ……」


 ハルは額を押さえた。


 痛みはある。


 だが笑ってしまう。


「すごい…!」


 もう一度立ち上がる。


 今度は慎重に。


 少しだけ力を込める。


 ――シュッ。


 身体が前へ進む。


 昨日までとは明らかに違う。


「……使える!」


 ハルは自分の足を見る。


「魔獣を食べると、その魔獣の力を得られる」


 昨日の狼。


 《身体強化(フィジカルブースト)》。


 今日のウサギ。


 《風歩(ウィンドステップ)》。


「……つまり」


 ハルは考えた。


「魔獣によって、手に入る力が違う」


 もしそうなら。


 この世界には。


 まだ自分の知らない能力が、無数に存在する。


「……面白いな…!」


 料理人として。


 知らない食材を見つけたときと同じ感覚だった。


 知らない。


 だから知りたい。


 食べてみたい。


 調理してみたい。


「この世界の魔獣……全部食べてみたくなってきた」


「ワン!」


「お前もか」


 ハルは笑った。


 そのときだった。


 ポチが突然、森の奥を見た。


「……?」


「どうした?」


 ポチの耳が立っている。


 じっと一点を見つめている。


「何かいるのか?」


「……」


 ポチが歩き出す。


「おい、待てよ」


 ハルも後を追う。


 木々の間を抜ける。


 少しずつ森が開けていく。


 そして。


「……あれ?」


 木々の向こう。


 空に向かって、細い煙が上がっていた。


 ハルは立ち止まった。


「煙……?」


 誰かが火を使っている。


 ということは。


「……人がいる」


 昨日見つけた焚き火跡。


 そして今日見つけた煙。


 この世界に、人間がいる。


 ハルは胸を高鳴らせた。


「ポチ」


「ワン」


「行ってみよう」


 二人は煙の方へ歩き出した。


 ハルはまだ知らなかった。


 その煙の先にいる者が。


 この世界で初めて出会う「人間」ではなく――。


 自分の旅を大きく変える人物になることを。

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