第97話 絵を描く人、試す人、話す人
テオが作りたいと言ったのは、井戸の札だった。
畑の入口から井戸までは近いが、生活用の家族と授業の子どもが同じ時間に使う。学校の桶が五杯までという契約を、子どもにも分かるようにしたいという。
「五という数字を書けばいいですか」
「低学年には、まだ数字を習っていない子もいます」
テオは五つの桶を描こうとした。ところが、小さな札へ五個描くと潰れて見える。
絵が得意な子が、横から筆を取った。
「大きい桶一つに、しずくを五個は?」
別の子は、実際に井戸へ札を持っていった。
「遠くからだと、しずくが見えない」
「では、縁へ五つ穴を開けて、使うたび紐を一つ移す」
工作が得意な子が提案した。
子どもたちは自然に三つの役へ分かれた。
札の仕組みを考え、穴を開ける子。井戸で本当に見えるか、濡れても使えるか試す子。低学年へ意味を説明し、何が分からないか聞く子。
「全員が同じ絵を描かなくていいんですね」
エメリク校長が言った。
「同じ札を作るために、違う仕事があります」
学校では、一人で最初から最後までできる子が評価されやすい。でも、実際の仕事は、技術、現場、説明を分けたほうがうまくいくことが多い。
ただし、役を分けることで『それは僕の仕事ではない』と壁を作らないようにした。作る人は試す場へ一度同行し、試す人は直し方を作る人へ説明し、伝える人は両方の話を聞く。
役割は責任を押しつける境界ではなく、最初に誰が動くかを示す入口だった。
エメリク校長は、成績表へ役の欄を作ろうとした。僕たちは、まず一月だけ授業記録で試すことにした。点数へすると、子どもが得意な役だけ選び続けたり、人数の少ない役を嫌がったりするかもしれない。
一月後、教師は『作る力』『試す力』『伝える力』ではなく、『どの役で何をしたか』を一行ずつ書いた。比べる相手はほかの子ではなく、前の自分になった。
僕は役の名前を難しくしなかった。
作る人。試す人。伝える人。
三枚の札を机へ置き、やりたい場所へ子ども自身が名前札を置く。人数が偏った時は、二つ目にやってもよい役へ別色の札を置いた。
一度選んだ役を、ずっと続ける決まりにはしなかった。午前は第一希望、午後は別の役を一度経験する。苦手をなくすためではなく、隣の役が何を必要としているか知るためだ。
作る人が試す役へ行くと、自分の札を乱暴に扱われたように感じた。試す人が水をかけ、土へ落とすたび、顔をしかめる。
「壊したいんじゃなくて、使う場所で壊れないか見ています」
テオが説明した。
伝える人が作る役へ行くと、絵を小さく詰め込みすぎた。低学年へ何度も説明していたため、入れたい情報が多い。
「全部描くと、遠くから見えないよ」
今度は作る人が教えた。
役を替えると、自分の仕事だけでは見えなかった不満が、理由へ変わった。
最初、作る人に半分以上が集まった。形のある物を作るほうが、仕事らしく見えるからだ。
「試す人がいないと、どうなりますか」
テオが尋ねた。
僕は答えず、最初にできた紙札を井戸へ持っていった。水が一滴かかっただけで、五つの印のうち二つがにじんだ。
作る人たちが、一斉に試す人の札を見た。
「陶札にする?」
「穴を動かす紐なら、木でもいい」
「木は水を吸うから、油を塗る」
「ミズネズミが油を好きかも」
水路町の話を聞いた子が言い、皆が笑った。
試す役へ三人が移った。水をかける、土へ落とす、手袋をしたまま紐を動かす。壊すためではなく、使う場所の条件を確かめる。
伝える人たちは、低学年へ試作品を見せた。
「穴が五つあるから、五杯です」
「使ったらどうするの?」
「紐を右へ移します」
「右ってどっち?」
左右をまだ迷う子がいる。穴の片側へ空の桶、もう片側へ満ちた桶を描いた。水をくむたび、紐を満ちた桶側へ移す。
一日の終わりに、木製の井戸札が完成した。五本の短い紐。朝は全部空側。授業で一杯使うたび、一本を満側へ移す。五本移ったら、教師が生活用の残量を確認するまで止める。
完成した札には、作った子全員の名前を裏へ刻んだ。けれど表には、誰の作品かを大きく書かなかった。使う人が『上手な子の札だから変えてはいけない』と思わないためだ。
代わりに、変更用の空白を残した。穴の位置、紐の色、掛ける高さ。直した人は日付だけを裏へ足す。
翌週、実際の授業で使った。
最初の三日で、紐は細すぎて手袋ではつまみにくいと分かった。四日目に太い輪へ交換した。五日目には、満側へ移した紐が風で戻り、下へ重りを付けた。
子どもたちは、直すたびに失敗したとは言わなくなった。
「今日は、風の条件が増えました」
そう言って、試す札へ小さな風の絵を足した。
四杯目の後、一人が間違えて二本同時に動かした。『五杯使った』表示になり、子どもたちは水を止めた。
「実際は四杯だから、戻して続けますか」
「まず、桶の数を確認しよう」
試す役だった子が、空の桶を数えた。四杯と分かり、一本を戻す。表示を信じるだけでなく、違和感があれば実物へ戻る。水路町と同じ学びが、子どもの札にも入った。
テオは作る人ではなく、試す人を選んでいた。
「絵を描きたかったんじゃないんですか」
「僕が変な所を見つけると、絵がもっと分かりやすくなります」
彼は自分の得意な役へ、名前を付けられるようになった。
子どもたちの札作りは、ほかの授業へも広がった。灯り箱、掃除道具、図書室の本。どれも三つの役で見直す。
ある日の放課後、ミナ、ルカ、フィンが学校へ来た。畑、運送、工房の話を子どもへ聞かせるためだ。
テオは三人へ、作る人、試す人、伝える人の札を見せた。
「シュウさんの弟子は、どの役なんですか」
三人は互いの顔を見た。
僕自身も、彼らへ役割をきちんと教えたことがなかった。




