第71話 道端の昼ご飯
七号車の行き先は、南の小村だった。
距離は近く、通常なら昼の鐘までに届け、夕方前に戻る。道も安全で、御者は二十年働くベテランだ。
「事故かもしれない」
ボルクは捜索用の馬へ鞍を載せた。
「最後に見た人は?」
荷ほどき場の門番によると、七号車は朝の二番鐘に出発した。荷物は乾燥豆三樽。急ぎではない。御者の体調も馬の様子も普通だった。
出発札には丸い食料札のほか、小さな匙の絵が鉛筆で書かれていた。
「これは何ですか」
受付の女性は覚えていない。御者本人が朝、何かを書き足したらしい。
「昼食の印かもしれません」
ルカが言う。
運送組合では、長距離便だけ休憩予定を書く。南小村は近いため、今まで記録しなかった。ベテラン御者は自分用に匙を描いたが、意味を誰にも伝えていない。
小さな情報はあった。共通の意味になっていなかっただけだ。
「捜索へ何人出しますか」
ボルクは三台と言ったが、一台に絞った。事故なら人手が要るが、三台全部を出すと組合の夕方便が止まる。場所を見つけ、助けが必要なら鐘か伝令で呼ぶ。
不安だから全員で動かず、最初の確認を小さくする。
「南の小村に鐘はありません」
ミナが地図を見る。
今回の完了連絡は、帰り道に宿場町へ寄り、そこの鐘を鳴らす予定だった。荷物を届けても、宿場町へ寄るまで組合には届かない。
地図で見ると、小村から宿場町へ寄る道は、組合へ直接戻るより一刻遠い。完了を早く知らせるために、御者の帰着を遅らせる仕組みになっていた。
「鐘を鳴らすためだけに遠回りしているんですか」
「帰り荷があれば宿場へ寄る。今日は、あるか分からなかった」
受取先に鐘がない便へ、無理に鐘の流れを当てはめたことが問題だった。遠回りさせるくらいなら、従来どおり御者が戻るのを待つか、受取人から次の便で札を返せばよい。
便利な新方式へ全便を合わせる必要はない。
「七号車が無事なら、次から南小村便は鐘なしへ戻しましょう」
ボルクはすぐ頷いた。
「仕組みの問題かもしれません。でも、戻らない理由は確認しましょう」
僕、ボルク、ルカで馬車へ乗った。リゼとミナは組合に残り、七号車が戻った場合に知らせる。
南の道を半分ほど進むと、道端の木陰に荷車が見えた。
車輪は無事。馬は草を食べている。御者は敷物へ座り、大きなパンを食べていた。
「何をしている!」
ボルクが叫ぶ。
御者はパンを持ったまま振り返った。
「昼飯だ」
御者の名前はハンスといった。彼は毎週同じ便を担当し、帰り道の大きな樹の下で休む。馬に水をやり、自分も食事をし、午後の涼しい風で戻る。
「急いで帰れば、昼過ぎには組合へ着く」
「その時間は町の荷車が多い。馬も暑がる。ここで休めば、夕方前に空いた道を通れる」
長年の経験で、事故を避ける休憩だった。
「今日は宿場の鐘へ寄る予定では?」
「帰り荷の札が小村になかった。空で一刻回るより、直接戻るつもりだった」
完了連絡のためだけに遠回りしない判断も正しい。ただ、その変更を組合へ伝える手段がなかった。
ハンスは朝、匙の絵へ斜線を一つ足し、『宿場寄りなし、昼食後直帰』を自分なりに示していた。受付が意味を知らなかっただけだ。
「荷物は?」
「届けた」
「なぜ鐘を鳴らさない」
「宿場へ寄る前だからな」
何も間違っていなかった。
小村で荷を下ろしたあと、御者は帰り道で一時間の食事休憩を取る予定だった。紙台帳にも、到着予定は昼、帰着予定は夕方とある。受付が完了鐘を帰着の合図のように考えただけだった。
「休むなら、組合へ知らせろ」
「今までも毎回ここで食べてる。帰る時刻には間に合う」
ボルクと御者は、どちらも正しい。
「僕たちも昼食にしませんか」
「捜索中だぞ」
「対象は見つかりました。怪我も故障もありません。僕たちが食べずに戻っても、何も早くなりません」
ボルクは渋い顔をしたが、ルカの腹が大きく鳴った。
「子どもは食べさせないとな」
ハンスがパンを切り分ける。
ボルクは自分が休むためではなく、ルカのためという理由でようやく座った。僕も似たところがあるので、笑えなかった。
「組合長も、休憩を予定へ書いた方がいいですね」
「俺は事務だ」
「事務も昼食を食べます」
ルカが言い、ボルクは黙ってチーズをかじった。
僕が言うと、ボルクは怒る勢いを失った。
御者は余分のパンとチーズを分けてくれた。木陰で食べながら、予定の見え方を話す。
配達完了は、荷物を受取人へ渡したこと。休憩は、御者が安全に戻るため必要な予定。帰着は、組合へ戻ったこと。三つを一つの鐘で表そうとしたため、不安になった。
「小村にも鐘を置けば?」
ボルクが言う。
「全ての村へ置く前に、御者が自分で状態を示せる方法を足しましょう」
荷札の紐へ、小さな木の匙札を加えた。休憩に入ると、荷車の外へ匙札を掛ける。道で見た伝令は、故障ではなく休憩だと分かる。
匙札は、休憩の許可証にはしなかった。札がなくても御者は安全のため休める。予定している場合に組合へ伝え、道で見つけた人を安心させるための合図だ。
急な休憩では、近くの分岐に匙札を向けて掛ける。後から来た伝令が場所をたどれる。
故障には槌札、馬の体調不良には水桶札という案も出たが、増やしすぎるので保留した。匙以外の停止は、従来どおり人が組合へ伝える。
「休んでいるだけ」と「助けが要る」を完全に木札だけで表そうとしない。
組合の出発紐にも、予定休憩のある便は小さな匙を通す。夕方まで札が残っても、すぐ捜索に出ず、帰着予定までは待つ。
「本当に遅れたら?」
「帰着予定を過ぎ、鐘も伝言もない場合に確認します」
完了の鐘は、受取先に鐘がある便だけ。休憩と帰着は別の合図にする。
御者は食べ終わると匙札を外し、馬へ水をやった。
「休んで悪かったのかと思った」
「予定どおりなら、悪くありません。僕たちが知らなかっただけです」
七号車は夕方の鐘より前に組合へ戻った。
組合の小鐘は鳴らなかったが、受付は慌てなかった。出発紐の丸札と匙札を見て、帰着予定まで待つ。七号車が門を通ると、ハンス自身が札を外し、受領印を渡した。
南小村便の完了方法は『御者帰着時』へ戻した。問い合わせが多くなれば、村に鐘を置く費用を改めて考える。
新しい仕組みを一つ外すことも、改善の結果だった。
今日の捜索に使った馬車一台と三人の時間は、失敗表へ書いた。害はなく、昼食付き。次からは休憩予定を確認する、と一行で終える。
その日の仕事を終えたボルクは、僕の前へ来た。
報酬袋は持っていなかった。
組合長は、ただ深く頭を下げた。




